四畳半と言えば、学生時代、最初に住んだのは松山市鉄砲町の四畳半の下宿だった。
 台所・トイレ共有、風呂なし。
 家賃は月に7000円。
 入学時としては一般的な下宿だったが、私が在学していた4年間で急速にワンルームマンションというのが普及して、あっと言う間に時代遅れになった。
 入っている下宿人の質も急激に変わった。
 はじめは学生ばかりだったのに、妙な流れ者が1人入り2人入り、卒業する頃には学生は少数派になってしまった。
 流れ者の一人に自称「革命児」と言うのがいて、これがもう、とてつもなく変なヤツだった。
 隣の三畳間の戸の名札に「革命児」と掲げてある。
「革命」と言うからには左翼に違いない、だったらどんな左翼だ、と一緒に酒を飲んでみた。
 ところが、こいつがもう、底抜けのバカで、バカさ加減が知識のなさから来るものなら救いようもあるが、そうじゃなく、何か認識の根本がずれている。
 どうやって革命を起こすのか、そのやり方がそもそもオカシイ、いや愚かしい。
 まず歌手になるのだと。
 それでファンを煽って「革命だ~!」。
 ハァ?
 で、どうやって歌手になるのか。
 今は歌も歌えないし、こうやって流れ者としてさすらっているが、自分は神に選ばれた人間だから、必ず世に出て革命を起こす、と。
 そう言って、左腕の細長い傷を見せるのだった。
 冬の八甲田山に友人と登って遭難したときのものだ、と。
 眠らないように自らナイフで切った、その時の傷だ、と。
「友達と賭をしたんだよ。どっちが神に選ばれた人間かって。それで、俺は生き残った。俺が神に選ばれたんだよ」
「友達は?」
「死んだよ」
 本当か嘘かもわからない。
 数日後、戸に張り紙がして「旅に出る。探さないでくれ」。
 すぐに帰って来たから、聞けば、横浜の実家に帰省していただけ。
 ところがこんなイカレポンチにも彼女が出来る。
 泊まっていく。
 その時の声が薄い壁を通して聞こえて来る。
 で、ある夜、一晩中その声がして、革命児は姿を消し、彼女が三畳間の住人になった。
 下宿のオバサンによれば、革命児は再び放浪の旅に出て、彼女は二人の想い出の部屋であいつの帰ってくるのをずっと待つのだという。
 なんともはや。
 その後、三畳間の彼女は、一月もせずに出て行った。
 もしかしたら革命児が迎えに来たのかも知れないし、前みたいに実家に帰っていただけかも知れない。
 とにかく興味もなかったから誰にも何も聞かなかった。
 それより、入れ替わりに、ものすごい美人が入って、ゾクゾクした。
 狭い廊下ですれ違うときなど、危うく死にそうになった。
 美人は、夜の仕事に出て行く時の着替え場所にしているみたいだった。
 おそらく昼間は普通に仕事をしていて、夕方、下宿に置いてある服に着替え、夜の街に消えて行く。
 何度か口もきいて、店も教えてくれたのだけれど、行く金などなかった。
 その頃、大家のオバサンは、とある新興宗教にはまってしまっていて、その関係で、色んな人を入れだしたのではないかと思う。
 二階だった私の部屋の真下には、痩せて顔色が異様に真っ白な、明らかなシャブ中まで入った。
 夜中に廊下を歩く様はまさに幽霊で、ジロリと睨まれると震え上がった。
 こいつが真夜中、意味不明なことを叫んで向かいの下宿の学生とケンカを始めたり、美人は店に来てくれと色っぽい目つきで誘うし、大学も四年生になると、とても勉学の環境じゃなくなっていた。
 気がつけば住人に学生はほとんど残っていなかった。
 もはや限界と、大学院入学が決まった春にワンルームマンションに引っ越した。
 何年か前に前を通ったら、駐車場になっていた。