アメリカのGoogleマップでレストランを調べると、“kids friendly""Accept credit card "などの表示とともに"gender neutral restroom" と書かれているのをよく見かける。ニュアンスを含めるとぴったりとあてはまる日本語はないが、「男女共用トイレ」というのが一応それの訳語となる。

 

「男女共用トイレ」と聞いて、良い印象を持つ人は少ないと思う。異性が使った後のトイレに入るのはなんとなく後ろめたさというか気まずさを伴うものだ。

伊丹市のホームページには、職場が男女共用トイレであることの不満が、「数十年前ではなく、最近のハナシ」との標題で男性目線、女性目線の双方から紹介されている。文末には大学教授のコメントで、男女共同参画社会の文脈からも「男女別のトイレが設置されるべき」との結論づけられている。

 

では、アメリカのGoogleマップには否定的なニュアンスで男女共用トイレが紹介されているのかというと、当然違う。LGBTへの方々への配慮から、"gender neutral "なトイレの設置が進んでいるのだ。国連の持続可能な開発目標(SDGs)の理念である「誰一人取り残さない」を実現するためには、LGBTの方々の目線も当然、配慮しなければならない。実際、私の職場のトイレも男女共用であるし、LGBTの同僚もいる。

 

伊丹市は男女両方の意見を紹介して、男女別のトイレが全体の総意であり男女共用トイレなど時代錯誤と断罪しているが、残念ながらLGBTの方の目線が抜け落ちているし、時代錯誤なのは伊丹市のほうということになる。とはいえ、自分もアメリカに来なければそんなこと考えもしなかっただろうし、LGBTの方の目線になって物事を考えることもできなかっただろうから、強く責める気にはなれない。

 

男女共用の職場のトイレを使うときは、普段よりも気を使うことが増えた。流した後汚れがついていないかよく確認するようになったし、小も飛び散らないよう座ってするようになった。よく考えれば男女共用であろうがなかろうが、次に使う人が快適に使えるようにするのは当然のマナーであるから、これからもよく気をつけようと思う。