「あなたの子を妊娠した」と突然、会社に押しかけた元カノ… 45歳男性が妻に絶対言えない“ストーカー被害”の影響とは

結婚は「これから先」の契約だが、その際、どこまで過去を相手に告知すべきなのだろうか。過去など言う必要がないと思っている人もいれば、「嘘はイヤだから、お互いに何もかも話したほうがいい」と信じている人もいるだろう。

「ただ、僕には言えない過去がありました。言う必要もないと思っていた。でも今は話さないことで苦しい思いをしている。今さら話せない、でも話したほうがいいのかとも考えてしまいますね」

 川村裕孝さん(45歳・仮名=以下同)は静かな口調でそう言った。彼が結婚したのは5年前。知り合いだった夏帆さんとふとしたことから一夜を過ごし、彼女の妊娠がわかったところで婚姻届を出した。だが同居はしていない。

「なんだかね……自分が幸せになってはいけないと思うんです。だからあえて同居はせず、温かい家庭とは一線を画したというか。それでも長女と夏帆と3人で過ごしているとどっぷりその温かさに埋没してしまう自分がいる。それがいいのかどうかわからなくて」

息苦しい家庭に育ち、上京 別れた彼女が…

 都内で生まれ育った裕孝さんの両親はともに教員だった。多忙な両親に代わって彼を育てたのは父方の祖父母だったが、彼らもまた教育関係の仕事をしていた。

「息苦しかったですね。両親は年中、『教員の息子なんだから、あれをしちゃいけない、これをしちゃいけない、周りがどう見るか考えなさい』と言い続けていた。教員がなんだ、仕事のひとつじゃないかと僕は思っていたけど、世間は聖人を求めるし、両親もそれに応えなければとまじめに受け止めていたみたい」

ひとりっ子だった裕孝さんは、高校を選択する際、地方の全寮制の学校を希望した。親や祖父母から離れたかった。だが離れて生活すると寂しさが募った。夏休みや冬休みなどは仲良くなった友人の実家を転々とし、「家庭のありようは千差万別」だと学んだ。

「大学はさらに遠方に進学しました。高校時代から音楽に目覚めてバンドを組んだりしていたんですが、大学でも音楽活動は続けました。楽しかった。ただ、バンドで生活していくのは無理だと思いました。世の中には才能のあるヤツがたくさんいるとわかったから。でも音楽関係の仕事には就きたかった」

願いがかなって都内の音楽関係の企業に就職したが、実家には戻らずひとり暮らしを始めた。学生時代、つきあっていた1年後輩の美緒さんとは卒業を機に別れたのだが、数ヶ月後、彼女は彼を追いかけてきた。

「びっくりしました。納得ずくで別れたはずなのに、僕の勤務先にやってきたんです。堅苦しい会社ではなかったけど、新入社員のもとに女性が訪ねてきて受付で泣いていたなんて、しゃれにもならない。彼女が泊まっているホテルを聞いて、その晩、訪ねました。ホテルの近くの居酒屋で向き合いながら、『僕は今、仕事のことだけを考えたい。恋愛するつもりも結婚するつもりもない。お互いに自分の人生を生きていこうと話したじゃないか』と言ったら、『でも、子どもができたの。私、大学も辞める。だから一緒に子どもを育てよう』と。びっくりしました」

「勝手にしろ」と突き放すと薬を飲んで…

 つきあっているときに言われたら、気持ちは違っていたかもしれない。だが彼の心は完全に美緒さんから離れていた。いきなり子どもができたといわれても、じゃあ結婚しようとは言えなかったのだ。

「もう私のこと好きじゃないのと聞かれて、『だって別れたじゃん。好きなら別れないよ』とひどいことを言ってしまったんです。もちろん、彼女のことを嫌いになったわけじゃない。でも僕は新しい人生を歩き始めていた。今さら過去にとらわれたくなかったし、過去の責任を取れと言われても困る。申し訳ない、お金は出すから子どもをあきらめてほしい。頭を下げました」

彼女は「絶対にイヤ」と言い張った。会社に電話を寄越し、誰彼となく「私は川村裕孝の子を身ごもっているけど、彼は逃げている」と触れ回った。彼は上司に相談し、彼女の親にもすべて話して謝罪した。だがどうしても結婚する気にはなれなかった。

「彼女は親に連れ戻されてはまた上京する。それを繰り返していました。あるとき『私、死ぬからね』と電話をしてきたので、『勝手にしろ』と言ったら彼女、薬を飲んで自殺を図りました。幸い、致死量ではなかったから助かりましたが。でもそのついでに、彼女が妊娠していないことがわかりました。彼女の親からは謝られましたが、そこまで追い込んでしまったのは僕でもある。もう金輪際、関わらないということで彼女の両親と一筆交わしたんです」

「一度だけ会ってほしい」

 ところが2年後、またも美緒さんから連絡が来た。迷惑はかけないから一度だけ会ってほしいと言われ、どこか後ろめたさを感じていた裕孝さんは言いなりになった。

「彼女が言うにはあれから大変だった、と。父親が病気で急逝、母はそれを嘆いて自ら命を絶ち、私はひとりきりになってしまったって。あまり信用する気にはなれなかったけど、彼女は父親と母親のお葬式の写真を見せてくれました。『私もメンタルを病んで病院通いをしているの。お金もないし、もう何の希望もない』って。お金がないなら上京している場合じゃないでしょと言ったんですが、彼女はどこかぼんやりして」

誰か親戚の人とか友だちとか助けてもらえる人はいないのかと尋ねても、要領を得ない。再度、上司に相談して、その日はホテルをとり、彼女を泊まらせた。

「申し訳ないけど彼女の携帯や手帳などを調べさせてもらったんです。そして手帳に書いてあった親戚とおぼしき同じ姓の人に連絡をとってみた。すると『行方がわからなくなって親も大騒ぎだった。すぐに迎えに行かせます』と。両親が亡くなったなんて嘘だったんです。葬儀の写真は写真を切り貼りしてPCで作ったみたいです。部屋 の外で電話を終えて、部屋に入ってみると、寝ていると思った彼女がヌッと立っていて腰を抜かしそうになりました。『あなたがいけないのよ。あなたが私をこんなに不幸にしたの』と抱きつかれ、僕は振り切って逃げました」

翌日、両親から連絡があり、ホテルに来てみると彼女がいなくなっていたという。きちんと身柄を確保しておかなかったことを反省したが、これ以上、やっかいなことに巻き込まれたくないとも思ったと裕孝さんは言う。

「こっちも若かったですから、もういいかげんにしてくれという思いでいっぱいだった。結局、彼女は僕の勤務先近辺をうろうろしているところを両親が見つけ、連れて帰ったそうです。ただ僕はあの夜、『あなたが私を不幸にした』という彼女の声が脳裏から脱けず、トラウマ状態でした」

突然の手紙

 彼女に自分の人生を邪魔されてたまるか。そんな思いで彼は仕事に没頭した。相談した上司の手前もあり、仕事で恩返しするしかないとも感じていた。それでも、ときどき美緒さんの“生き霊”なのか、ふとしたときに彼女の声が聞こえるような気がしたり夢でうなされたりもしたという。

「27歳のときだったか、彼女の両親から手紙が来ました。美緒が重病で余命いくばくもない、うわごとのように僕の名前をつぶやいている。会いたくないのはわかっているが、万が一、来てくれる気持ちになったらうれしいと。悩みました。でももし僕の顔を見て彼女が安らかな最期を迎えられるなら行ってもいいのではないかと思った。こちらも贖罪の気持ちがあったんだと思います」

週末を利用し、病院の最寄り駅で両親と待ち合わせて彼女を見舞った。小さく痩せた彼女は彼を見ると目を輝かせた。

「せつなかった。彼女の人生は何だったんだろうと思うとつらかった。両親が気をきかせて病室を出ると、彼女は僕に手を差し出してきました。その手を握りしめると彼女はにこやかに笑いながら、『あなたが生きている限り、呪い続けるから』と」

 彼の顔色が少し悪くなった。18年も前のことだが、彼にとっては昨日のことのように思えるのだろう。喫茶店の片隅で話をしていたのだが、彼は水を一気に飲み干してようやく大きく息を吐いた。

「もう大丈夫かと思ったんですが、今でも思い出すと過呼吸気味になりますね」

 日を改めようかと提案したが、もう少し話したいと彼は言った。

「僕、彼女の手を振りほどいて廊下に出たんです。よほど妙な顔をしていたんでしょうね、ご両親が大丈夫かと聞いてくれて。ろくに返事もせずにその場を去りました。1ヶ月後、彼女の訃報が届いたけど、悼む気持ちにもなれなかった」

彼が冷たいのか、そういう状況ならやむを得ないのか。学生時代を楽しく過ごしたものの、社会人になる時点で別れていくカップルは山ほどいるだろう。納得ずくで別れたものの執着してしまう彼女の気持ちも理解できなくはないが、執着された裕孝さんとしてはたまったものではない。あげくに彼女がいなくなってしまったら、一方的に罪悪感を抱くしかなくなってしまう。恋愛の残酷な一面かもしれない。

亡くなった元カノの“呪い”に苦しめられる45歳男性 妻子とどうしても同居できない心境を告白

音楽関係の仕事をしている川村裕孝さん(45歳・仮名=以下同)は、5年前に結婚した妻との間に娘がいる。だが同居はしていない。高校時代の元恋人・美緒さんの存在がトラウマになっているためだ。息苦しい両親と祖父母から逃れるように上京し就職した裕孝さんの下へとつぜんやって来た美緒さんは「子どもができた」「両親が亡くなった」という嘘で彼の気を引こうとした。だが裕孝さんは拒絶。そして彼が27歳のとき、美緒さんは「呪い続けるから」という言葉を残し、病で亡くなった。

その後数年たって、彼はようやく「自分だけが悪いわけではない。あれはしかたがなかった」と思えるようになっていった。それでも傷は癒えず、30歳を過ぎ、周りは結婚していったが、彼は結婚はおろか恋愛すらできなくなっていた。

「仕事は楽しかったです。好きな音楽やアーティストにかかわっているだけで、自分の人生をよしとしようと決めたので、恋人がいなくて寂しいとは思わなかった」

 女性とふたりきりになるような場面は避けた。仕事上、そうなりそうなときは必ず同僚や後輩を同席させた。それがかえって彼の信頼性を高めることになったのだから皮肉な話ではある。

「なんだかいつの間にか、僕はフェアな人だと狭い業界では思われていたようです。女性とふたりきりになるのが怖かっただけなんですが(笑)」

 学生時代の友人たちとの再会もあった。美緒さんが亡くなったことはみんな知っていたが、彼との関係の詳細を知る友人はいなかった。美緒さんは結局、大学を中退したと彼はそのとき知った。彼自身も、もう彼女のことは語るまいと決めていた。

「どこかでずっと彼女に囚われている自分がいた。消そうとしても消えない。カウンセリングにかかったこともあります。もう自分を許してもいいと言われたけど、それは僕の心の問題で、やはりどうにもならない。消そうとせず、僕は僕の日常を一生懸命生きていくしかないと思ったのは30代半ばでした」

いつでも心の奥に大きな黒い重い石を抱えているような状態だったと彼は言う。そんな中でも職場の仲間とバンドを組んで演奏する機会があり、彼は再び自分でも演奏活動をするようになった。

「仕事も趣味も音楽漬け。それはそれで楽しかった。むしろそれがリハビリになったのかもしれません。美緒のことを忘れている時間も増えていきました」

ベッドで目覚めると隣に女性が

 40歳の誕生日を仲間が、行きつけのレストランで祝ってくれた。そんなことは初めてだった。子どものころから誕生日など祝ってもらったことがなかったのだという。

「僕、クリスマスの生まれなんです。その日は終業式だから友だちはみんなさっさと家に帰るし、学生時代もことさらクリスマスが誕生日だと言ったこともないし。家では誕生日を祝う風習がなかった」

 40歳にして初めての誕生日パーティで、彼ははしゃいだ。めったに酔い潰れることはなかったが、その日はしたたかに酔って笑った。

「気づいたらホテルのベッドで寝ていたんです。ハッと起きると隣に女性がいた。よく見ると、店のオーナーの夏帆でした。何が起こったのかよくわからなかった。呆然としていると夏帆が目を覚まして『あんまり酔っていたから連れてきたの』と言ったんです。その瞬間、なぜか美緒とのトラウマが蘇ってきて、僕はあわてて服を着て飛び出しました」

 夏帆さんの店に行くのは避けていたが、1ヶ月後、夏帆さんから話したいことがあると言われて店を訪れた。「妊娠した」と夏帆さんは言った。あの日の記憶が定かではなかったのでまさかと思ったが、女性にそう迫られたら拒絶はできない。

「僕が妙な顔をしていたんでしょう。彼女は『私も30代半ばだし、何があっても生むつもりではいるけど、もし知りたいならDNA鑑定してみる?』と。冷静ですよね。悪いけどしたいと僕も率直に言いました」

マンションは買ったが同居はできない

 鑑定の結果は彼の子に間違いないということだった。夏帆さんは「認知するもしないも、あなたの好きなようにどうぞ」と彼に一任してきた。

「腹の据わった女性だなと思いました。夏帆のことは前から知っていたけど、友人とさえ言えない関係だったと思う。店で話すだけでしたから。でもこうなったらやはり責任はとらなくてはいけない。だから婚姻届を出そう、でも同居はしたくないと言いました。彼女はどうしてと言ったけど、美緒のことは言えなかった。僕だけ幸せになっていいとは思えないけど、夏帆に過去を話す気になれなくて……」

それならそれでいいと夏帆さんは言った。彼女は数年前に両親を亡くし、自宅を始末したばかり。中古で小さくていいからマンションを買いたいというので、彼の自宅近くに部屋を見つけた。夏帆さんが働けない期間もあるから、そのときは全面的にめんどうをみる。ただ、日常生活をともにするのは「とあるトラウマがあって、できない」とだけ話した。彼女は「わかった。いつか話せるときが来たら話して」とにこやかに答えた。

「すごいでしょう。夏帆は本当に肝っ玉の大きな女性なんです。婚姻届は出したものの、彼女は結婚したことを公にはしなかった。それからも元気で仕事を続けていました。僕のほうが心配になって、ちょくちょく顔を出すようになった。彼女は腹心の店長の女性にだけはすべて話していたようです。あるとき店長とふたりきりになったとき、『同居はしないんですか』と言われて、『ちょっとね』と答えたら、『私がこんなこと言うのは差し出がましいけど、オーナーがかわいそうだと思うんですよ。夏帆さんは別に同居しなくてもいいと言っているけど、単なる強がりなんじゃないか、と』って。でも僕は夏帆は、もっと強い女だと思うよと言いました。むしろ僕が彼女の人生のお荷物にならなければいいとさえ思っていると」

娘を見てわかった美緒さんの親の気持ち

 その後、どんどんお腹が大きくなっていく夏帆さんと、彼はたびたびじっくり話をするようになった。夏帆さんが歩んできた人生を知り、彼女の店への思いも知った。親から受け継いだ飲食店なのだが、それだけではなく、もっと人が集う場所、人がつながる場所にしたいと彼女は熱く話してくれた。

「話せば話すほど、僕は彼女にふさわしい男ではないと思えてきた。長女が生まれたとき、この子が恋する人に執着して命を軽んじるようなことがあったら……と、初めて美緒の両親の気持ちが手に取るようにわかりました。いても立ってもいられなかった」

小さな命を前にして、彼はおたおたしながらも懸命に世話を焼いた。這うようになると舐めても大丈夫なほど床掃除をし、伝い歩きをするようになったときはすべてのものを排除するような勢いで整理整頓をした。やりすぎだと夏帆さんには笑われたし、自分でもこれほど神経質になるとは思ってもいなかった。

「それでも同居という形はとっていないんです。徒歩3分くらいの距離ですが別居を保っている。1歳になったころから保育園に預けていますが、夏帆の友だちや店のアルバイトの子まで娘のめんどうをみてくれて。夏帆の人徳なんでしょうね」

妻ときちんと向き合わず

 夏帆さんが休みの日曜日は、朝から3人で近くの公園に出かけたり、裕孝さんが食事を作ったりする。とにかく3人でいることが楽しくてたまらない。だがその一方で、最近になって、彼は過去を夏帆さんに隠していることがつらくなってきている。

「こんな気持ちになるなんて、思ってもいなかった。考えてみれば、親と気持ちが行き交っていなかったせいか僕は誰かに甘えたこともないし、美緒とのことがあってからは、無意識のうちに人と濃い関係を持たないようにしてきた。でも娘を通じて夏帆とつながって、もっとわかりあいたい、夏帆をもっと知りたいと思う。ただ、それを阻むのは僕だけ幸せになってはいけない、今も美緒は僕を呪っているという罪悪感と恐怖感。これを夏帆に話したとき、夏帆の反応がどうかというより自分の心の変化が怖い。いつか話したほうがいいのだろうかという思いから、今は話したいと気持ちが変化しています。でも話せるのか……」

ゆっくり時間をかけて、彼は彼なりに心を整理してきたのではないだろうか。もう囚われる必要はないと他人が言っても無理な話ではあるが、自分の気持ちが変化したことを実感できるなら、もう大丈夫なのではないか。

彼は不倫しているわけではない。ただ、目の前の妻ときちんと向き合わずに過去の女性に心を乗っ取られているのは妻に対して不誠実ではな

いのか。もちろん、そんなことは軽々しく言えなかったが、彼が最後の障壁を突破できるところがイメージできる。それだけは伝えた。