妻に命を救われ、義父の助けで再就職…「幸せに麻痺していた」46歳夫はなぜ不倫相手に同化し、のめり込んだのか

恋は魔物だ。広末涼子と鳥羽シェフの不倫だって、親密になってたかだか3ヶ月。それで不倫当事者は世間から批判され、仕事が立ちゆかなくなった。今後はどうなるかわからないが、恋ですべてを失うことはあり得るのだ。


「短期間で我を忘れるような恋にはまることはあるんですよ。僕はそれで16年間の信頼のすべてを失いました」


 谷本凌大さん(46歳・仮名=以下同)は憔悴しきった表情でそう言った。あの頃の自分がどういう心理状態だったのかさえ覚えていないと1年前の不倫発覚時を振り返る。

縁を切った「両親の発言」

 凌大さんには、結婚して17年たつ3歳年上の妻・柊子さんとの間に17歳、15歳の男女の子がいる。彼は「デキ婚だったもので」とつぶやいた。


 北の大地で生まれ育った彼は、大学入学のために上京。小さな工場で働く父の期待を背負って一部上場企業に入社すると決めていた。


「ところが就職がうまくいかず、ある中小企業に入社したんです。親戚からお金を借りて大学を出してくれた親からは『恩知らず』と罵られました。両親に責められた。これはショックでした。ひとりっ子なので大事に育てられたと思っていたけど、親はのちのちめんどうを見てもらうため、親戚に自慢したいために僕を育てていたんじゃないかとさえ感じた」


 その後、両親とも謝ってきたというが、彼はそれを機に両親と縁を切った。信じていた、あるいは信じようと思い込んできた両親の本音を知ったとき、彼は金輪際、関わりをもたないと決めたのだ。その数年後、両親は相次いで病気で亡くなったが、彼がふるさとに帰ることはなかった。親戚からの連絡にも応答せず、葬儀や後始末は父の弟がおこなったようだ。


「ずいぶん強情で薄情なヤツだと思うでしょ」


 彼はそう言って薄く笑った。若さゆえの潔癖さだったのか、あるいは打算的な親への報復だったのか。彼に言わせれば「大事に育てられていると思っていたその裏で、やはり親の期待が重かったし、それは僕自身のためではなく親の面子のためだとも感じていた。“恩返し”を強要されるのもおかしいと思っていた。僕が働き出せばお金の援助もするのが当然だと言われたときは愕然としました。でも僕は僕で、親から期待されて大事に育てられているんだ、愛されているんだと思いたかった」ということらしい。彼の中で、親への気持ちは複雑に引き裂かれていったのだろう。

このまま電車に飛び込めばいいんだ…

 20代後半、深く話し合う機会もないまま両親を失った凌大さんは、もう仕事を辞めようと思った。職場に信頼できる先輩もいなかったし、モラハラ、パワハラが横行していることに嫌気もさしていた。それ以前に何のために生きているのかがわからなくなっていた。


「暗い話で申し訳ないんですが、今日で仕事を辞めようかなと考えながらも、いつもの時間に駅に着いた。ふらふらとホームを歩いていて、このまま電車に飛び込めばいいんだと思った瞬間、ぐいっと手首をつかまれたんです。その直後、急行電車が目の前を飛んで行った」


 手首をつかんだ主は、同年代の女性だった。彼はへなへなとその場に座り込んでしまったという。「こっちに来て」と彼女は言い、ホームから改札を抜けて駅前の広場に連れて行き、彼をベンチに座らせた。


「夏の暑い日でした。彼女は近くの自動販売機で冷たい水を買ってきてくれた。蓋を開けて飲んでと言われ、素直に飲みました。しばらくたって彼女は、『落ち着いた?』と。急に血が巡り始めたような気がしました。気づいたら泣いていたんです」


 生きているのがつらくなっていたんだと、自分で初めて納得がいった。彼女は彼の隣に座り、肩を抱いて泣かせてくれた。


「それが柊子との出会いでした。彼女は教師で、その日は夏休みだったけど仕事があって学校へ行こうとしていた。でも結局、その後、近くの喫茶店に入ってトーストを食べながらいろいろ話を聞いてくれました。誰にも言えなかったこと、言わなかったこと、なぜか彼女には話せたんです、初対面だったのに」

好転しはじめた人生

 連絡先を交換し、彼女は気になるのかたびたび連絡をくれるようになった。ときどき一緒に食事をし、彼女が彼のアパートに来ることもあれば、彼が彼女の両親と住んでいる家を訪ねることもあった。


「彼女の父親は、一部上場企業の役員でした。うちの親が僕に期待した地位です。なんとなく引け目があったけど、いい人でね。娘を信頼しているからこそ、僕にも優しくしてくれた。彼女には弟がいるんですが、彼はすでに家を出ていました。たまたま会ってみんなで夕食をとったこともあります。誰もがごく自然に話をして、それに誰かが答えて……。お父さんは家の中ではけっこういじられキャラで、柊子とお母さんがすぐにツッコミを入れる。家庭ってこういうものだったのかと目から鱗が落ちるような思いでした」


 少しずつ彼女の家になじんでいったころ、父親から「転職するつもりはないか」と聞かれた。会社を辞めようと思いながらも辞めきれずにいた彼を見かねたらしい。


「お父さんはいい人だから、『娘ときみとのつきあいは、大人同士だから干渉しない。それとは別に、きみにやる気があるなら、うちの関連会社に入ることは可能だと思う。先方の考えもあるから確約はできないけど』って。考えてみたら、柊子の父親は、僕が初めて全面的に信じた大人かもしれません。彼が言うなら、もう一度、生き直してみようかと気持ちが前を向いていきました」


 彼は面接に向かった。技術や知識より人生観を聞かれた。柊子さんの父親のおかげでポジティブになっていた彼は、自分の親との関係を正直に話しながらもそれでも生きていくこと、周りの人たちの気持ちに気づくことが重要だと語った。あとから柊子さんの父親に「深い人間性をもつ凌大くんに、みんな感じ入るところがあったようだよ」と言ってもらった。


「誰かの気持ちをありがたく受け取って、それをまた誰かに返していく。人ってそうやって生きていくものなんだなと痛感しました。この人の娘である柊子と結婚して家庭を作りたい。本気でそう思ったんです」


 転職し、数ヶ月後には柊子さんの妊娠がわかってすぐに婚姻届を出した。デキ婚とはいえ、最初から結婚するつもりだったのだ。なにもかも手に入れたと彼は思った。幸せというのはこういうことかと毎日感じていたという。自分で自分が生き生きとしているのがわかる。かつて味わったことのない感覚だった。

「幸せに麻痺していた」

 柊子さんの実家近くにマンションを借りた。共働きだからどうしても実家に頼ることが多く、義両親には悪いなと思ったが、柊子さんは「甘えるのも親孝行みたいなものよ」と平然としていた。親子ってそういうものなのかと、彼はまた新たに学んだという。


「柊子の親子関係を見て、僕自身、親になる勉強を積んでいった。彼女に会わなければ、僕は親になることもなかっただろうし、なったとしても自分の親のようになってしまったかもしれない。柊子の親は子どもになにも期待していない。生きてさえいればいい、好きなように生きればいいと育ったそうです。あるとき、義父が言ったんです。『子どもがほしいと思ったのは親のほう。生まれた子が生まれたくなかったと思わないように育てるのが親の務めなんだと思ってる』って。それを聞いて涙目になって柊子に笑われました」


 長男が生まれ、2年後には長女が生まれた。かわいかった。ただひたすらかわいくて、仕事が休みの日、彼は1日中子どもを眺めたり一緒に遊んだりしていた。飽きることがなかった。子どもは何でもわかっていると彼は確信した。言葉にならないだけで、大人より感性は鋭いのだと。


「命が宿って生まれて、どんどん大きくなっていくんですよ。昨日より今日、今日より明日と目に見えて成長していく。こんなおもしろいことは他にない。柊子は週末、友だちに会ったりしていましたが、僕はひたすら子どもを見ているだけでよかった。いいパパになりたいなんて思わなかった。見て接しているのが楽しいだけ」


 子どもたちはすくすくと育った。両親と諍いひとつ起こしたこともない。柊子さんの仕事が忙しいのが気にはなったが、彼女は仕事が好きだから愚痴ひとつこぼさない。夫婦仲もよかったし、職場での人間関係も問題なかった。


「本当に幸せでした。幸せすぎて、幸せに麻痺していたと思う」


 昨春、上の子が高校に入学した。第一希望の私立に落ちたときはどうなるかと思ったが、公立高校には合格した。最初は学校に行きたくない、浪人すると言っていたが、「高校の名前なんてどうでもいい。とりあえず通ってみて、どうしても嫌だったら考えよう」と彼は提案した。しばらくすると息子は友だちもでき、クラブ活動も始めて楽しそうに通うようになった。彼は心からホッとしたという。


 そのホッとした気持ちにつけ込んできたのが、「何もかもがぶっ飛ぶような恋」だった。

わずか1ヶ月の不倫で16年間の家庭生活がズタズタに…46歳夫は「妻と向き合うのは怖い。でも義父の温かさには応えたい」

北海道出身の谷本凌大さん(46歳・仮名=以下同)は、就職に失敗したのを咎められたことを理由に両親と絶縁し、生きる理由を失って日々を過ごしていた。電車に飛び込もうとした彼を救ったのが柊子さんで、義父のはからいにより転職、柊子さんと結婚して二人の子どもに恵まれた。そんな凌大さんが「16年間の信頼のすべてを失った」と語る恋とは。







 北海道出身の谷本凌大さん(46歳・仮名=以下同)は、就職に失敗したのを咎められたことを理由に両親と絶縁し、生きる理由を失って日々を過ごしていた。電車に飛び込もうとした彼を救ったのが柊子さんで、義父のはからいにより転職、柊子さんと結婚して二人の子どもに恵まれた。そんな凌大さんが「16年間の信頼のすべてを失った」と語る恋とは。


 ***





「去年の秋、恋に落ちたんです」


 凌大さんはふいにつぶやいた。幸せな家庭があったのに、何の不満もない人生を送っていたのに。


 人はなぜ恋に落ちるのだろう。どうしてもこの相手を手放したくないという狂ったようなあの熱情はどこから来るのだろうか。分別のある大人なのに、我を失ってしまうのはなぜなのだろう。


「あの人に会って一目惚れしました。そんなことが自分に起こるとは思っていなかったから、最初に僕自身が戸惑った。でも好きでたまらなかった。とにかく彼女に会いたい、言葉を交わしたい、抱き合いたい。その思いが強くて立ち止まっていられない」


 そう言ってから、彼はふと考え込んだ。


「いや、違いますね。そんなふうに言葉で気持ちを認識することさえできなかった。僕の中で何かが狂ったんだと思う。恋って、脳のバグなんじゃないかと今は感じますね」

「あのころの僕みたいだった」出会い

 出会いは街なかだった。秋になっているのに残暑厳しい日だった。ランチ時、外に出ると前を歩く女性がふらふらしているのに気づいた。近くまで行くと、彼女が大きく傾いた。彼はとっさに支えた。そのまま救急車を呼び、彼が病院まで付き添った。


「貧血と熱中症だったみたいです。病院に運ぶまでには意識もしっかりしてきて……。家族に知らせると救急隊員が言うと、彼女は『家族はいません。この人と話したい』と。僕は会社に戻るのが遅れると連絡をして、彼女に付き添いました。昔の自分を思い出していたんです。彼女からは生きる気力が感じられなかった。柊子に救われた、あのころの僕みたいだった……」


 点滴をしている彼女のそばにいると、彼女はお礼を言ってから「私、いつ死んでもいいと思いながら歩いていたんです」とつぶやいた。やっぱりそうかと彼は思った。


 夫と、同居する義母から精神的なDVを受けていて、心がすり減っていると彼女は語った。救急車で運ばれたことがわかったら、何を言われるかわからないと泣いた。点滴を打ってもらって少し元気になった彼女は、すぐに病院を出たがった。医師の許可をもらってふたりで病院を出て、彼女を遅いランチに誘った。


「肉のおいしい店があったので、ふたりでステーキランチを食べたんです。彼女はペロリと平らげて『私、ふだんは少食なのに』と笑った。その笑顔に心が乱れました」


 凌大さんは日を改めて彼女、紗絵さんに会って話を聞いた。彼女は40歳、会社の先輩だった人と結婚して14年、夫の希望で会社を辞め、今はパートで働いていること、13歳のひとり息子がいること、その後は2回も流産し、夫と義母に「役立たず」と言われていることなどを涙ながらに話したという。


「最近では息子まで、彼女のことを『お母さんはいてもいなくてもいい存在』だと言っていると。夫と義母がそう吹き込んでいるんでしょうね。せつなくて僕も泣けてきました。あの日の前夜も、夫から『おまえは金遣いが荒い』と怒られたそうです。自分のものは結婚以来、ほとんど買ったことがないのにって」


 同情という感情ではなかったと凌大さんは言う。「同化」だったのだろう。紗絵さんに同化してしまったとき、彼の心に炎が燃え上がった。純粋に「恋」と言っていいかどうかはわからない関係だが、彼にとっては「恋そのもの」だった。

「とにかく毎日会った」

 その日を境に、彼は彼女にのめり込んだ。とはいえ、彼女は主婦で母でもある。時間のやりくりが大変だった。彼が夜中に車を出し、紗絵さんは家族が寝静まるのを待ってこっそり出てきたことも多々ある。


「夜更けから未明までの時間帯で会うことが多かった。行動時間が異様ですから、僕自身、妻に見つかったこともあります。『仕事のアイデアを考えるためにドライブしてきた』とごまかすしかなかったけど、柊子は何かに気づいていたでしょうね」


 あなたしかいない、あなたがいるから生きていける。紗絵さんは会うたびにそう言った。知り合って1ヶ月ほどたったとき、もういっそ、ふたりでどこかへ行ってしまおう。生きても死んでもかまわない。ふたりでいることだけが重要なんだからと凌大さんは言って車を走らせた。まる一昼夜、ふたりは家族と連絡を断って、車を走らせ、疲れると車中で抱き合って寝て、また起きては車を走らせた。


「家を出てから3日目だったかな、夕方、たまたまスピード違反で捕まってしまいまして。そうしたら警官が騒ぎ出した。僕に捜索願が出ていると言う。車にGPSがついていたんです」


 警察に連れて行かれ、柊子さんと義父が駆けつけてきた。紗絵さんにも夫がやってきたらしい。


「たった1ヶ月の恋でした。でも僕ら、毎日会っていたんですよ。5分でもいいから顔を見たいと会う日もあったし、夜中のデートもあった。とにかく毎日会った。常に彼女の声を聞きたかった、肌を感じていたかった。密度の濃い関係だったと思います。でもたった1ヶ月……」

彼女を求める気持ちで胸が苦しく…

 彼は自宅に連れ戻されたが、呆けたようになってしまった。柊子さんが泣きながら「どういうつもりだったの。私はあなたを愛しているのに」と言ったときも、彼は「自分でもわからない。何の不満もない生活だった」と言うしかなかった。


「さすがに義父は激怒したと思います。それでも表面的には僕に怒りをぶつけることはなかった。人として間違ったことをしたら許しを乞うてやり直すことはできるはずだから、ふたりでよく考えなさいと言われました。どこまでも義父は立派な人です」


 ただ、凌大さんに「考える余裕」はなかった。気持ちは乱れたままだったし、紗絵さんのその後も気になった。彼女を求める気持ちで胸が苦しく、ある日、とうとう彼は過呼吸を起こして入院した。


「紗絵に連絡をとろうとしたけどとれなかった。それで病院を飛び出して彼女の自宅に行ったんです。でも呼び鈴は押せなかった。するとちょうど隣家の人が出てきて『紗絵さんが夫に暴力をふるわれて入院している』って。夫は警察に引っ張られたようでした。病院を聞いて見舞いに行ったけど、他人は入れないと拒絶されました。本人に渡してほしいと、手紙だけ託しました」


 入院中の病院に戻ろうとしたところで、彼はまた気分が悪くなって倒れた。救急車で別の病院に運ばれてしまい、柊子さんが駆けつけて騒ぎになったようだ。彼の行動がわかったとき、柊子さんは「別れたほうがいいのかな、あなたのためには」と言った。


わずか1ヶ月の不倫で16年間の家庭生活がズタズタに…46歳夫は「妻と向き合うのは怖い。でも義父の温かさには応えたい」

亀山早苗 新・不倫の恋で苦しむ男たち 国内 社会

妻と向き合うのが怖いんです

 そのまま仕事を休んだ彼だが、職場には義父がうまく言ってくれたらしい。2週間の入院を経たとき、義父が病室にやってきた。とりあえず自宅近くにアパートを借りたから、退院したらそこへ行くように、仕事は続けなさい、あとのことはゆっくり考えてと言われて彼は泣いた。


「若いころ、ダメダメだった僕を助けてくれた義父に、今もまた救われている。オレには何の成長もなかったんだなと思いました。アパートに行ったら、とりあえずの家電や家具が用意してありました。義父の思いやりでしょう。申し訳なくてたまらなかった」


 それ以来、彼は今もそのアパートに暮らしている。月に1回くらい自宅に戻るが、柊子さんと子どもたちとはギクシャクしたままだ。先日、息子から「夫婦ふたりできちんと話してよ」とLINEが来た。だが彼自身、まだあの「恋」から立ち直れていない。紗絵さんとは連絡がとれないままだ。


「柊子と向き合うのが怖いんです。自分の中には、やっぱりオレは幸せとは縁がないんだなという諦めもわいてきて。情けないし自分を呪いたい気持ちもある。でも義父の温かさだけには応えたい。柊子にも懺悔したいし、ずっと幸せだったことも伝えたい。でもわかってもらえる自信がないんです。紗絵に対するあのわけのわからない独占欲というか熱情というか、そういうものは消えました。紗絵からはいっさい連絡が来ない。それが紗絵の気持ちだと思うしかない……。あのころの自分がよくわからないんですよ。カウンセリングも受けているんですが、自分の気持ちが整理しきれずにいます」

 あのころの気持ちが整理できなければ前に進めないと彼は言った。だがもしかしたら、「あのころ」はどこかに置いたほうがいいのかもしれない。人は常に今を生きなければならないのだ。今とこれからに目を向けるほうが重要ではないのだろうか。もちろん、まだ自身の乱心を認めきれない彼に、そこまで客観性を持てというのはむずかしいのかもしれないけれど……。