2024/3/29

金曜日「登場人物」と言う物語 65

熱処理と言う仕事②

この物語は徹頭徹尾ノンフィクションである

 

最初から、僕のいた工場と🏭熱処理について軽く説明したが、その熱処理には炉が必要になる。その炉の中は最高で1300℃近く加熱が出来る。この炉の中が、そこら辺の大気の状態と一緒ならば、加熱時に鋼の表面はぼろぼろになる。これを酸化と言う。酸化した部分は、脱炭(焦げ?)を起こし使い物にならず、削り落とさなくてはならない。脱炭の厚み分歩留まりとなり、材料として無駄な上に、そこから鋼が割れる事もあり大不良になる。鰹のタタキを切り口から見た様な状況だ。

そこでこの鰹を、真空状態で焼くとどうなるか。鰹なら売り物にならないが、鋼、金型ならば、コンディションが良ければ、処理前より綺麗な肌で炉から出て来る。これが真空熱処理だ。真空状態で鋼を焼くと表面は焦げない。

 

「真空(しんくう、: vacuum)は、通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間の状態[1]。

〜中略〜

真空の状態は真空ポンプを用いて容器内部の気体を排気することで得ることができる。 真空度は対象の空間に存在する気体原子・分子が外壁に及ぼす圧力で表される。単位はTorr(トル)が用いられてきたが、国際単位系への統一に伴いPa(パスカル)に移行しつつある。1 atm=1.01325×105 Pa=760 Torrである。 真空度は言葉のイメージと表現が逆になるので注意が必要である(例:真空度が高い(高いレベルの真空度である)=圧力が低い)。」Wikipedia

 

前にも言ったとうり、炉は真空の為、厳重に密閉されており、焼き入れ処理で言えば約7時間、炉内の中で、何が起こっているのか見えない。正確に言えば、小さな小窓があり見えない事も無い。だが、その時は金型は炉内で真っ赤に変わり果て、何も面白い事は無い。そして、真空炉から出て来た時金型は、何事も無かったがごとくである。(であれば良いと言う願望も込められてはいるが)年に数回、炉内で搬送異常になり開けて見たらびっくりと言う事はある。炉内の床は硬いが脆いグラファイトで出来ているので、搬送以上で炉内の金型が転べば、この床は破損し、酷い時は全て交換である。僕は赴任当時このグラファイトの備品の管理をさせられた。落としたら割れるあんな脆そうな黒い塊が、あれだけの重みの金型(総量で約400kg)を支えているのはちょっと信じられない。

 

この投稿で、熱処理の講釈をする気は無い。でももう少し熱処理について説明させて貰う。その方が、今後の説明をするのに都合が良い。

 

では、焼き入れとは何であろう。硬さを入れるために行う作業だ。前回の投稿で触れた冷間工具鋼をJISではSKD11と言うが、この鋼で硬さが60HRC前後入る。最もポピュラーな特殊鋼だ。だが、特殊鋼そのものが特殊な為、その硬さのイメージが湧かない。鉄で最もイメージしやすくポピュラーなのは、日本人なら誰もが時代劇やアニメ、ドラクエでお世話になっている日本刀だ。

 

なぜ日本刀は硬いのですか?

「鉄は含まれる炭素の量が多いほど硬くなります。 そこで炭素を定着させるために取り入れられた日本刀の製造方法が「鍛錬」(たんれん)です。 日本刀の原材料は、砂鉄を製錬した鋼(はがね)の中でも特に良質な「玉鋼」(たまはがね)。 鍛錬する際にはこの玉鋼を加熱して沸かし、槌で平たくなるまで打ち延ばします。

日本刀がよく切れる理由 - ホームメイト - 名古屋刀剣ワールドwww.meihaku.jp › touken-sharpness

 

玉鋼の硬さは?

ハガネ: 「よく切れるが錆びやすい」として知られる炭素系の鋼材です。

鋼材名

HRC(硬度)

C(炭素)%

青紙2号

62-64

1.1

青紙1号

63-65

1.3

青紙スーパー

65-67

1.45

玉鋼

-

1.2-1.5

包丁の鋼材についてwww.damascus-houchou.com › kouzai

 

上述の「青紙スーパー」の65-67HRC辺りが、特殊鋼で出る最高硬さだ。SKD11は硬さではそれに劣るとはいえ、金型としての材料では最も使用されている特殊鋼だ。もう一つ熱間工具鋼のSKD61と合わせ双璧である。この業界に入ると先ずはこの材料名を覚える。そして、材料メーカーはこのJISの名前、規格名と言う幻から自分の作った特殊鋼が如何に優れているかを競う。規格名はあくまでも規格名であって、実在するのはその規格に沿った商品名である。日立金属ならSLDと言い、大同特殊鋼ならDC11と言う。この大手特殊鋼メーカーはしかし、規格名SKD11に対して如何にアドバンテージのある材料を開発するかに日々凌ぎを削っている。日立金属ならSLD−magicで、大同特殊鋼ならDC53だ。或いは、もっと別の材料も今ならあるのかもしれない。

材料メーカーは他にもある。って言うか日立金属はプロテリアルと言う名前に変わっていた。日立金属は堂々たるいい名前だったのにイメージが重工業から軽工業になり残念だ。

他に、日本高周波鉱業(神戸製鋼)、(華麗なる一族の)山陽特殊鋼、愛知製鋼(トヨタ)、三菱製鋼、不二越etcだ。ここはここで独自のブランド名を持っている。

日本に居ればこんなところかも知らないが、僕のいた某国には、世界中の特殊鋼が集まっている。

名前が変わっているかもしれないが当時の名前で言うとティッセン、ボーラー、エーデルシュタール、ロシェリン、アルセロール、etc、etc。最近は中国、韓国メーカーに買収されたのかウェブで調べてもあまり出てこない名前が多い。

それに加え、アメリカ🇺🇸ドイツ🇩🇪の規格名で呼ぶ場合もある。アメリカ🇺🇸ならD2、ドイツ🇩🇪なら2379だ。

材料を熱処理に出す時の呼び名はあくまでも申告制だ。ぼくのその当時のイメージで言えば熱処理に来る最も多い冷間工具鋼はSKD11か、2379だった。規格名と言う幻の名前だ。

でも金型に加工されSKD11だと申告すれば、違う材料でもSKD11である。ただの鋼?鉄の可能性もある。あれだけ沢山のメーカーがありながら加工してしまえば、その出自は無に等しい。

信用取り引きだ。

申告スコアだ。

トリプルがバーディだ。

無。

無。

それが僕の本題。

 

次回へ

 

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