2024/1/12

金曜日「登場人物」と言う物語 55

熱処理スーパーヴァイザー③/永遠の歪み

この物語は徹頭徹尾ノンフィクションである

 

不正の臭い

その臭い、不正の臭いを僕が感じ取ったのは、この指示書が無造作に現場の引き出しに大量に入っているのを見たからだ。この頃、僕はやっと現場の流れを理解しつつあり、指示書の流れも分かりつつあった。また、某国語もかなり分かる様になり、ここの工程の問題は何よりもこの指示書にあるのではないかと思っていた。だって、熱処理品の🆔である指示書が、何処にあるのか分からない。だから当然、品物が何処にあるのか分からないのだ。これが問題でなく、何が問題であろうか?仕事をしている仕事の行方が分からないのである。

机の中に入っていた指示書の枚数は次第に増え、気がつけば、棚の中の指示書の枚数を超えていた。でも、この疑惑を前出の善さんに言っても、彼は余り真剣に聞いてくれなかった。彼はそれどころじゃなかった。

 

現地法人の人間関係

この工場の日本人は3人。以前に説明した田中工場長と谷口課長(善さん)、そして下っ端の僕だった。何故か年齢が10歳づつ離れていて、ジェネレーションが均等だった。この辺りは流石、お役所仕事だった。この時の僕の主観で言うと、この中で1番仕事をするのが善さんだった。そして1番何もせずゴルフばかりしていたのが田中工場長であった。でありながら、田中工場長は工場が一望できる2階の窓から、常に現場にいる善さんを罵っていた。曰く、ミスが多いと?そう言えば善さんはしょっ中、田中工場長の前で項垂れていた。一体そのミスとは何なのか?

 

パンチの歪み

前回も少し触れたが、熱処理をすると品物が歪む。特にパンチ🤜言う金型工具は、見た目に歪む。歪んだら使い物にならない。

 

パンチ

パンチプレス加工 板状の金属に穴抜きや、型を用いた打ち抜きなどの加工を行うことを「パンチング」といいます。 パンチプレスはパンチングを行う加工で、幅広く導入されています。 加工力は数十トンクラスで、主に薄板の加工に利用されています。

プレス加工 | 塑性(そせい)加工 | なるほど!機械加工入門 | キーエンスwww.keyence.co.jp › plasticity › press

 

一体歪みはどれくらい出るのか?面白いもので歪みとは、想定していない程小さい単位で肉眼では確認できず、しかし問題がある時の歪みと言うのは、目に見えて歪みだと分かる。このパンチの場合、高速度工具鋼と言う1200℃近辺で炉内で加熱するのであるが、温度が高く歪みのバラツキが大きい。しかも、熱処理単価と言うのは、重量で計算するので、小さなパンチは大した代金も貰えないのに手間ばかりかかる。100本受注して100本歪む事もあり、歪んだパンチは一本一本、炙って直す。そして加減を間違え、偶に折る。善さんはこのクレイムを得意とし、一日中現場にいた。40℃を超える某国の日常の中で、良く彼は身体を壊さなかった。でもそれを、田中工場長は忌み嫌っていた。逆に田中工場長は、一緒にいた17年間、この作業をしているのを見たことが無い。カミングアウト抜きに考えても、田中工場長は善さんより楽をして出世したと言って良い。パンチが歪むなら、価格を高くして受注しないか、自分も現場に入り技術の向上を目指すべきでは無いのか?僕から見れば、田中工場長は鼻から改善のつもりは無く、善さんはエンジニアとしての技術の右肩上がりの向上をするつもりは無くただひたすらパンチを折り続けた。ただひたすら工場長の前で頭を下げ続けた。その工場長と言えば、ただひたすらゴルフの技術向上に邁進しシングルプレイヤーとなっていた。全てが、ただひたすら、ただひたすら変わる事は無かった。

 

ごっこ遊びの人生

彼らのこの姿を今思い浮かべて見ると思う。あれすら不敬罪カミングアウトの為のゴッコ遊びだったのだろうか?一体どこからどこまでが僕向けの演技で、どこからが彼等のリアル実人生だったのか?そしてあの、ローカルスタッフの熱処理横領事件。あれすら、ごっこ遊びだったのだろうか?この物語はこれから先、この疑問と反芻の連続である。ある1人の人間の人生に、不敬罪のインパクトを与えるために演じる人造の妄語世界が、如何に不毛で虚しいものか?

 

続く