郵便③

 

さて、この現代のデジタル社会に生きている僕。

親がPC98に挫折し、

僕は僕で会社にメビウスが支給され、

徹夜でウィンドウズ95の再インストールをしました。

そうやって徐々に文字を書かない人になりました。

 

手で書く字は汚くて、

あちこち跳ねるところが省略され、

あちこち止めるところが消滅し、

それが時にいらぬイザコザの種になりました。

だから、

手書きなんて非合理的な物は、

消えるべきだと思っていました。

手紙とは、

その中の1番打者で、

e-mailの時代に何故これが?

と思っていました。

 

今こうして病院にいて、

未だにe-mailを持たず、

或いはワザとe-mailを使わない所に、

連絡をしようとした場合、

以前放棄した「手紙」に頼るしかありません。

僕の体は、以前ご説明した様に、

右半身不随の状況なので、

使った事の無い左手で手紙を書きます。

 

こんな時、その僕に、

救いの手を差し伸べて下さるのは仏様です。

今の写経ブームです。

毎週1、2日行う般若心経の写経のお陰で、

少しずつ左手の筆記が、

形を持ってきました。

 

そうして書いた手紙に切手を貼って、

この施設のご厚意により、

ポスト📮に投函して頂きます。

でも、書留となると、

流石に手間がかかり、

お願いするのも憚ります。

 

「書留は、主に、重要書類、クレジットカード、現金、チケットなど、軽量な貴重品を送付する際に利用されている。輸送中や配達中に一通でも紛失すれば、速やかに発覚する仕組みになっているため、郵便局が扱う郵便物等の中で、最も取扱が厳密なサービスである。」Wiki

 

外国で働いていた昔は、

決してお世話になることの無かった書留に、

何故か今、度々お会いしお世話になる日々。

お金も無いと言うのに、

何故か今、現金書留を使う日々。

貧乏だからか?

IT音痴だからか?

障害者だからか?

 

おかしい。

便利になった筈なのに、

変だ。

全部ぶっ壊した筈なのに、

聖域なき構造改革をした筈なのに。

全てを解決して、

潔く政界を辞めた筈なのに…

 

こうしてこのブログは、

記事の最初にやっと戻った。

選挙に行った事の無い僕が、

その訳を勉強しよう!

 

合掌