土曜日 尊敬と謝罪 イラチと言う欲望③

僕は人生の中で、人の死に目にあった事がない。
僕は人生の中で、人の葬式に行った事はあるが全部虚構であった。
55年、誰の死に目にも合わず、葬式に行ったが(多分子供の頃行った葬式は、本物だと思うが)全て虚構であり、それが僕の人生だと思えばそこまでだ。今回の病気で、自分が母より先に冥土に連れて行かれる所だった。

そんな中、S氏については、葬式にも出た。その葬式について、僕が見た範囲で検証し、前後するが、S氏がどの様な形で亡くなられたか考えたい。死ぬ事で人を懲らしめると言う欲望だ。

その前に説明して置くと、僕はS氏とは、最初の会社で知り合い、今まで営業などしたことのない僕に、新たな発見を貰った。前にも述べたが、人は時たま、強い力でグイグイ引っ張られないと、その可能性が見えない事がある。仕事の喜びが見えなかった。正に、S氏はそれが出来る人だった。その前の上司Tもそうゆう僕を引っ張ろうと言うミッションはあったのだろうが如何にも小物だった。だから、S氏が、器用されたと言うのが本当のところかもしれない。

前の会社を辞めて、新しい会社に入り、ローカルの起こした会社だけでは生活出来ないので、スイス🇨🇭の会社にも入った。こうなると如何にS氏の存在が大きいか?私は彼と会社の未来を語り合い、毎晩の様に酒を飲んだ。何もかもが、中途半端に出来ない男。そんな男を選んだが故の王室企画側の大きな見込み違い。S氏以外にも虚構の葬式をやった人は日本人も現地人も何人か居たが棺桶すら見ていない。それで死んだと言う。虚構の葬式は、その人の覚悟を表すと言う。何事も中途半端に遊び半分でやる人とは一緒に出来ない。それが故に、この五島列島の男なのだ。

「日露戦争の日本海海戦の端緒となった「敵艦見ゆ」の報は五島列島福江島西端の大瀬崎灯台近くの無線電信所が受信した。」Wiki

 

「太平洋戦争の終盤に沖縄に向けて出撃した戦艦「大和」が沈んでいる鹿児島県西方の枕崎坊ノ岬沖は五島列島南方沖であり、五島列島に属する男女群島の真南である(坊ノ岬沖海戦)。また、五島列島南西沖35kmの海底には戦後、アメリカ軍により海没処分された多数の日本海軍潜水艦が沈んでいる[33]。」Wiki

誰が、嘘の葬式など出来ようか?この島は、また日本を最前線で韓国朝鮮から守って来た国なのだ。この事はよく知らなかったが、僕の中で大きな疑問である、S氏はそんな小さな人間か?あり得ない。この人はこの人なりの、僕に対する怒りのぶつけ方があったわけで中途半端にやる人ではないのだ。

僕が考えるのは、こうだ。
①死ぬと言う虚構で、フェードアウトする予定だった。でもそれは、姿を消すぐらいのヘッピリ葬式だった。
と言うのは、この人にあってはあり得ない。①はあり得ないので、もっとリアルにしようと本人が提案したとしようじゃないか?
②本人の性格上、徹底的にやる事となった。
で②となった。もう一つ重要なのは、当然こんな事は、宗教上認められていないわけだから、ここをどうしたか?僕の行った葬式は、多分浄土真宗の大規模なものであったし、僕はこの手でS氏の体を清めてあげた。あれすら、虚構だと言うのなら、それ以外に考えられるのは、S氏が、仏教徒でない場合である。どうも、五島列島は、隠れキリシタンの地なのである。

「1635年(寛永12年)頃に隠れキリシタン対策として、日本人全員を近くの寺に帰属させる寺請制度が始まり、1700年(元禄13年)ごろには、位牌、仏壇、戒名といった制度が導入され、葬式に僧侶がつくようになった。それまでは「葬式組」と呼ばれる村落共同体のグループが葬式を仕切り、棺や装具をつくったり炊き出しをしたりしていた。」Wiki

 

それなら、納得行かなくもない。S氏はそんなに無法者ではないし、家族思いの人なのだ。①②で考えられないとすると、僕の本命は、本当に死んでしまったと言う事である。では、次回このS氏の死を検証して、こんな僕に対して、S氏がそこまでしてやりたい事、訴えたい事は何だったんだろうか?それを見てみたい。

 

S氏の病気と病気発症、その流れから、彼のシグナルを見たい。

合掌

 

 

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