1童貞上陸

2買春買夏

3樹上巻物📜

4(未定)

 

「泥棒」とは何か?

そもそも、日本に居て泥棒と言うものに、あった事は無かった。泥棒が、自分を泥棒と名乗る事は少ないので分からないが、人生において泥棒を意識したのはこの旅行からであった。泥棒と言っても色々あって、異常な料金を提示して、堂々とそれを徴収する人が最も多かった。

 

BJMのいた置屋が正にそれで、記憶では置屋代一泊4000円取られていたが、BJMによれば実際は、正規価格は(そんなものがあればだが)その3分の1くらいだと言う。これを教えてくれたのは何を隠そうBJM本人であり、ある程度親しくなってからの話である。ただその後がいい。「あなたが4000円払って損するなら、4000円私に直接払った方がいいでしょう?」であった。だから、彼女が店を辞めるべきだと言う。辞めるなら、私の使うお金は0円じゃ無いんかい?と言いたいところだが、なにせ僕は女に狂ってる。引いて考える余裕が無い。周りには嗾ける藤屏の様な奴も居て僕は全て言いなりだ。

 

思うにこの置屋と言うのは、空港近くにあって、田舎から出てきた女性が手っ取り早くお金を稼ぐのに絶好の場所なのだろう。違法であって当然だろう。夕方、太陽が落ちる頃に店が開き、女性が30人くらい家の2階で待機している。そして、客が来ると下に降りてきて、客が夜のパートナーを選ぶと言う仕組みである。選ばれ無ければ上に上がって次のお客さんを待つ。カフェとか、風呂屋(ソープ)、ゴーゴーバーとか、こうゆう店は全てにおいて同じようなシステムを取っていて、毎日毎日、年中無休だ。僕は思うに、この国の発展の基礎はこの産業からであり、間接的に、取り込まれた工業他が発展していく中でこの産業も洗練されて来たと思う。卵が先か雛が先かは明白だったと思う。だから、こうゆう店はこの頃、恰も、女性の田舎での不幸を看板に情が映って...と言うその劣情こそが、この国の原動力であるに違いないし、現代社会においてどこの国の発展もまた多かれ少なかれ、このパターンなのだろう。BJMにしても、そうゆうストーリーを、用意して家族が待ち受けていたが、それは後の話。

 

違法なので、警察にお金を払わなくてはいけない?なんて、日本では習わなかった事が自分に次から次へとのし掛かる。ここにあっては、誰かを信用するか、ここを逃げ出すしか無いのだ。僕が日本に居て、仮に僕の姉妹や母がそうゆう相談を始めたらどうだろう。思うんだが、僕達が1967年生まれであるが、1960年くらいまでは、世界は、それは目も当てられない状況で僕の子供の頃は、日本も中産階級が日本を牽引し出した時代ででもあったのだろうか?何が大衆を変えたのだろうか?僕はテレビではないか?と思うがどうだろうか?

 

テレビでも無ければ、人間は自分と自分を取り巻く世界を客観的に見られない。そうやって、自分が貧しい事に気が付き、どの様に頑張れば、その貧しさから抜け出せるかに気が付く。この国の置屋の女の子は、客が来るまでずっとテレビを見ている。そして世の中には、自分よりも更に貧しい人があまりいないのに気が付く。自分はとんでもない最下位人間なのだとなる。すると、お金に対する見方が変わってしまう。頑張れば、お金は増えるのだとなる。更に頑張れば、外国人や、警察の目を盗む行為すら可能だ。そのモチベーションは家族にある。

 

家族は、大事である。最も尊いものである、と私はこの国の人々に何度も教えられた。自分が嫌だと思っている男とベッドを共にしても、家族を飢え死にさせる訳にはいかない。我慢するしかない。日本人にその感覚があったかわからない。が、しかし、僕にとっては全く知らない感覚であったし、僕の家族に対する感覚に比べて、あまりにもハッキリとして、超然として、僕は何も言えなくなってしまうのだ。

 

この投稿は、恐らく最後までこの国の人々のこの考え方で貫かれ、金を持っている物は、如何にして貧乏人を自由にしてきたか?と言う事実と、何故貧しさから抜け出せたのかと言うサクセスストーリー、そしてあいも変わらず貧しい、こんな話がどうしたって、話の中心になる。日本とは、明らかに違う。その単純な人の流れが、洗練されているに過ぎない。皆んなで豊かになろうなんて言う発想は無い。あれば、僕のこれから書く様な事は起こりえない。

私は売春、買春共に、後ろめたい行為ではあるが、しちゃいけないとは思わない。犯罪行為とも思わない。ただ、これを利用して、人の尊厳を蔑ろにする行為は、許されないのではないか?

 

次号に行く前に、日本人の買春、売春感というものを調べてみた。

 

神道

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歩き巫女」も参照

神道性交タブーとは見なさない。売春は伝統的な明治以前の神道において、巫女によって行われたこともあった[36]。鎌倉時代には巫女を養っていた多くの神社寺院が破綻し、生活の糧を求めて旅に出る巫女が現れ「歩き巫女」と呼ばれるようになった。巫女は主に宗教的なサービスを提供していたが、売春とも広く関係していた[37]。しかし巫女が売春をする宗教的な理由は知られていない。

 

仏教

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性交に関する仏教の教えは極めて保守的である。「中庸の教義を遵守している仏教は極端な禁欲あるいは極端な寛容さのどちらも主張しない」[38]。

世俗的仏教徒に関しては、性交に関する特別なルールはない。しかし、いかなる自慰行為も「不品行」であると見なされる[39]。

 

やらなくても生きて行ける。が、不満足だ。

が当時の僕で、

やらなくては生きていけない。

が、BJMの立場だった訳だ。