次の世代にも忘れてほしくない地元文化は?

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しまくとぅばのひ

 

島言葉の日(しまくとぅばのひ)は、「しまくとぅば」の奨励を目的に、「しまくとぅばの日に関する条例」(平成18年(2006年)3月31日沖縄県条例第35号)によって定められた記念日である。毎年9月18日。9月18日は、「く」で9、「とぅ」で十、「ば」で8という語呂合わせである。

 

全然知らなかった。だから、Wiki丸引用である。

島の言葉だと言う意味だ。。

 

しまくとぅば」とは「島言葉」、すなわち沖縄の島々で伝えられてきた言葉(琉球方言)という意味である。沖縄県では戦後まもなくまで強力な標準語励行運動が実施され、伝統的な言葉の衰退が本土以上に進み、高齢層以外の日常会話はウチナーヤマトグチが主流となった。郷土文化を見直す機運が高まるなか、島言葉の現状を危惧する声も強くなり、「沖縄県各地域のしまくとぅばを次世代へ継承していこう」などとの趣旨で、2006年に制定された。地域の言葉を奨励する条例の制定[1]。は、日本国内で初の試みであった。

 

ところで、私は日本で最も災害にあわない地区に現在住んでいて、その代償に色々と色眼鏡で見られる地区に住んでいる。権力者がどこかにいたかしれない。それによって、その土地以外の文化は本体を失っていく。北海道もそうだろう。沖縄もそうだ。消えていくものは消え、少しずつ大きな文化母体になっていく。この沖縄の中では更に、細かく分化するらしいから、不思議だ。

沖縄の「しまくとぅば」は、条例まで出て地域の言葉を奨励する動きであるから、実際の世の中の本当の流れから言えば逆行するものである。何にも知らない事を何やかにや書いても時間の無駄だ。と考えていたら、「次の世代になっても忘れて欲しくない地元文化」アメブロは、副題を準備していました。

 

「自分の人に誇れる文化がない」そうそれこそが、私にとって最も重要なテーマである。東京の練馬に生まれ、小学校の頃、東京の東久留米に長くすみ、大学に入るか入らないころ、埼玉県に移った私は、自分の文化なんて考えた事がない。はっきり言って、そう言うものは、田舎者の話題だと思っていた。しかし、移住者、外者、その事が日に日に少しずつ、寂しさになって身に降りかかる。

私だけかしら?

東久留米と言う土地が、どんな文化を持った土地なのか、知らない。

西武池袋線の周辺の駅名は、東久留米、東長崎、東伏見、東村山とあり、そもそも何故こうも主体性のない地名が多いのだろう?と悩んだ事がある。今考えると、あれが、文化に対する始めての疑問であった。何もない事の恥ずかしさである。今回文春オンラインでこの地名に何故「東」がつくのかと言う謎題が出ていた。西武電鉄を中心に一生懸命調べた見たいだ。そして、鉄道を作った会社に聞いているのだから、これは、と期待したが、「東久留米は昔は久留米だったが、九州に久留米があるので、東久留米になった」と言う情けない回答。東長崎、東村山、東大和も似たようなものだ。

ほら、見たことか?

浮浪者には、拠り所になる文化がない。

文春が、しっかり証明しているではないか?

そもそも地元と言うものがない。

皆と同じ時代を生き、皆と同じ時を生きて、次の世代以前に私自身が地元文化を持っていない。

神様、私は誰ですか?

子供のころは、ただ都会っ子、東京っ子で満足していました。

でも今は違う。空洞の人生を過ごして来たのだ。

私は、アスペルガー症候群なのか?

でもその前に右半身障害で障害者1級だけど。

 

「しまくとぅばの日」夫々の地元の文化をもう一度考えてみましょうね。それすらない人は、ぼうっと生きて来た人なので、チコちゃんに叱られましょう。

ぼうっと生きてんじゃねえ!!!

 

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