秋の日は釣瓶落とし(あきのひはつるべおとし)


秋はすぐに日が落ちて暗くなる事を井戸のツルベに喩えていった言葉。


うん、だから?としか言いようがないわけで。最初に言った人の上手い事言ったなぁ俺感が

実に鬱陶しい感じがよく出ていると思います。まぁ残念ながら相当ピンと来ないですが、

当世仮に「秋の日はバンジージャンプだね」と言っても、侮蔑に近い眼差しで無視されること必至な

ので、この諺が今日まで残っているということは相当しつこく言ったものと思われます。

とりあえず僕は確実にそんな人とは友達にはなれなさそうです。

秋茄子はとっても美味しいので嫁には食べさせん!という意味や
秋茄子は種が無いので嫁に子供が出来ない事を気遣う。 という意味など。


  端的にどっちなんだよ、と言いたい。いずれにしてもそこまで茄子にこだわる必要も

  ないだろう、とむしろそこまでの茄子への執着に下品な食い意地を感じる諺。

  冷蔵庫の中のプリンを食った食わないでモメる当世ではあるが、当時「お義母さん!私の秋茄子

  食べたでしょう!」「あら、何のことかしら」といったような確執があったかどうかは不明。

  当然調べる気、無し。

挨拶は時の氏神(あいさつはときのうじがみ)

  もしあなたが誰かとけんかをしている最中に、仲裁をしてくれる人が現れたら、

  感謝の気持ちをもって、その仲裁に従うのがいいですよ。という意味。



ということらしい。わざわざそんな言い回しで偉そうに言うほどの事か、と思うが。

頭に血が昇ってる時に冷静に仲裁に従えるなら、それ以前にケンカも未然に防げるよなぁ、

と、変な意味で自分の未熟さを教えられるイヤな気分にさせられる諺。

ちなみにこの諺の説明、従うのがいいですよ。ということはこの説明書きをしている立場の人間は

仲裁者ですらないということで、なんでそんな高見の見物決め込んでるどこの馬の骨かも分からない

人間にアドバイスをされなくちゃならんのだ。誰かこの件についての仲裁を頼む。