非二元とスピリチュアル

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友人が、非二元を探究しても何も得ることもないし、一瞥体験をすることもないし、いっそ、バシャールの方が、実際にいい気分になれる、と迷っている人がいます。

ここで「スピリチュアル」と「非二元」の違いについて、大和田菜穂さんの例えに従って復習しましょう。

個人が、自分は、ある「檻(おり)」の中にいて、その「檻」の中の環境や生活を少しでも向上しよう、というのがスピリチュアルで、自分が「檻」の中にいることは把握してません。

それに対し、「非二元(の解放)」というのは、自分が「檻」の中にいたのが、「檻」なんてものは最初からなかったんだ、と気づくのが、「非二元(の解放)」です。

だから、非二元を探究したからと言って、自分の願望が叶うとか環境がよくなる、なんてことはありません。

ただ、自分を囲む「檻(おり)」が、実はなかったと悟ることは、このうえない絶対的な至福をもたらします。

だから、スピリチュアルを追求することは、それ自体が悪い事とは言えません。

ただ、「檻」の中での快適さを追求している、という自覚は必要かと思います。

でもそれを自覚していけば、宇宙存在だのアセンションとか、波動がどうの周波数がどうのとか、そういう話には、自然に興味がなくなります。

こういうことをキチンと把握したうえで、あえて、スピリチュアルのアレコレにも興味を示すのは、別に悪いことをしてるとは思えません。漢字検定に挑んでるようなもんです。でも極度にハマってはいけませんね。

じゃあ、非二元の解放を実現するには、どうしたらいいの? という疑問は当然、出てきますね。
その明快な答えがない、これが非二元から遠ざかる人の大半の理由でしょう。

この答えは、縁のある人が縁のある時に出会う、としか言いようがありません。
言葉で表現できない世界を表現することはできないということです。

もったいぶった言い方で終わってスミマセン。でも、こうとしか言い様がないんです。
あえて言えば「タイミング」です。