西洋占星術(ホロスコープ占星術)の歴史は紀元前のバビロニアに遡る
2世紀
アレクサンドリアで活躍したプトレマイオス(天動説(地球中心の太陽系モデル)を完成させた人物)が『テトラビブロス』を著す
十二星座宮を「男性的・女性的」「エレメント」などに分けたが、星座の性質をまとまった形で描写していない
4世紀のフィルミカスにも性質描写は皆無
15世紀終盤-16世紀初頭のグイド・ボナッテイには性質描写は若干
17世紀半のウイリアム・リリー著『クリスチャン・アストロロジー』は832ページの本で各星座あたり半ページだけの性質描写
19世紀のザドキエル著『占星術の文法』は身体的な特徴描写に留まる
近代占星術の父 アラン・レオ(本名ウィリアム・フレドリック・アレン。1867~1917。)の登場
<アラン・レオについて>
・占星術出版人ー占星術学徒のための雑誌刊行、占星術のテキストシリーズ(20世紀後半まではスタンダードな占星術テキストとなる)
・占星術組織のネットワーカー1915年創設のロンドンの占星術ロッジは2015年で100周年
・心理学的、霊的占星術の祖 →フランス系アメリカ人ルディアやユングによる「心理占星術」の誕生へ
・現代のマスメディア的占星術に繋がる太陽星座の性格描写占星術を強調
*レオ=獅子座、獅子座の守護星=太陽 ⇒ 太陽占星術の祖とも言える
占星術の本場イギリスにて、マスメディア向けの「星占い」が新聞に初めて掲載されたのは1930年
背景には、1929年10月に始まる世界恐慌があった。暗いムードが漂う中、1930年8月、ロイヤルベビー マーガレット王女が誕生し、明るいムードの兆しがスタートする。
「サンデー・エクスプレス」が、占星術師ネイラー(最初は師匠のキローの予定だったが弟子に譲った形)に王女の星を使い占わせることで、明るいムードをさらに明るくしようと企画。
(出所:占星術の文化誌P32)
当初は単に誕生日に基づく占いだったが、次第に誕生星座(=太陽星座)占い(マスメディア向けの星占い)が準備される
一方で、1930年代から誕生星座占いへの批判が存在する
「本当の科学」(=正確なホロスコープによる占星術)ではないという主張
ただし、20世紀半ば、欧米においてすら、自分の生まれ星座を知らないという人が少なからずいた
1950年代 「誕生星座占い」が広く知られるようになる
マスメディア向けの「星占い」が1960年代後半に完全に花が咲く
1911年 イサベル・ペイガン著『パイオニアから詩人へ』は性格描写が豊かな初期の星占い本の代表作
パイオニア(=牡羊座)と詩人(=魚座)を12星座の最初と最後を結ぶ星座として象徴的・メタフォリカルに表現
1968年 リンダ・グッドマン(本名Mary Alice Kemery)著のベストセラー本『太陽星座Sun Sign』
カウンターカルチャー勃興期において若者による論理より感性、科学性・合理性より非科学性・非合理性を求める動きと呼応
星占いの需要の比重が、「外面的な予言・予測」から(昨今のマスメディアが好む)「内面的な性格描写(あなたはこんな人)」へ大きくシフト
〇外面的な予言・予測
→ 「明日は投機に吉」的なアルマナック(暦)的な表現
〇内面的な性格描写(あなたはこんな人)
→・詩情をくすぐるメタファーに満ちた読者の心の動きを代弁する表現
・これからの指針として自己啓発的な洞察を与えてくれる表現
余談)
カイロ(Cheiro)=手
カイロプラクティック=手の技









