ネイティブ・アメリカンー先住民社会の現在 要約 先住民とは? | Shugo's blog

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先住民とは、部族社会の一員であると考えられている(特定の部族とのつながりを自身のアイデンティティとみなす傾向が強い)

 

先祖から受け継いできた土地を、あとからやってきた人たちに踏みにじられる、これはコロンブスが新大陸を発見して以来、現在にいたるまで先住民が経験してきたこと

 

300以上の居留地の総面積は、アメリカ全土の3%未満

 

(出所:ネイティブ・アメリカンー先住民社会の現在)


先住民は連邦政府から「あたえれた」居留地のなかでアメリカ社会から遮断され、閉鎖的な社会をつくり、貧しい暮らしをしていると思われがち

 

先住民がもとめるのはアメリカ社会への同化ではなく、自らの文化を維持していくための基盤となる土地

 

近年は先住民の文化、芸術、精神世界が誇大に評価される傾向があり、自然と生きる民族や精神世界の豊かさという一般受けしやすいイメージが増長されがち

 

先住民への対応の仕方がリベラル性を証明する物差しとして政治の世界で利用されてきた(モンタナ州クロウ族の居留地を訪問したオバマは部族長のカール・ベンから名誉部族員認定を受けた)

 

ネイティブ・アメリカンとはあくまで一つのエスニックグループの総称

 

部族に所属し、法的に相応の権利を得るためには、個々の部族の政治組織(部族政府)との関係や血筋を証明する必要がある

 

先住民同士が、「どこの部族の方ですか?」と尋ね合う習慣があるが、法的に部族員の権利を正式にもっていることと、文化的な帰属が同じでない場合がある

 

先住民のアイデンティティとは...

 

1、先住民の血筋を引いていること(生物学的な証明)

2、部族政府に認定された部族員であること(政治的かつ法的な権利)

3、部族固有の文化に関する知識をもっていること(文化の継承)

 

上記3要素をすべて満たしても先住民と認識しない人も多いため、自分を先住民と考えるかどうかもアイデンティティの定義には重要

 

生物学的な証明の観点からは、17世紀頃からアリゾナ、ニューメキシコ、テキサス、ユタ、ネバダ、コロラド周辺地域を侵略したスペイン人の子孫のほとんどは先住民の血を引いているが、多くはスパニッシュ、ヒスパニックと自ら称し、スペイン人の末裔であることを誇りにしている

 

政治的かつ法的な権利の観点からは、連邦政府が先住民部族と承認している部族から、部族員としての認定を受ける必要がある(文化の継承ができているからと言って部族員にはなれない)

 

部族政府は、申請者が部族の血筋をどれくらいの割合で引いているか(血の濃さ)を提示するよう求め、連邦インディアン局が発行する「インディアンの血筋の割合にかんする証明書(Certificate of Degree of Indian Blood)。19世紀に作成された部族名簿を基に個人の血筋の内容を記載したもの。」

 

血筋の濃さの規定は、父か母、どちらかが同族である必要のある(1/2)のホピ族、1/16のみでよいノースカロライナ州イースタン・バンド・オブ・チェロキー族、そもそも濃さを問わない部族もある

 

最近は8割以上の部族が、1/4以上の血筋の濃さを基準にし一般化されているが、その基準のために部族員になれないこともある(違う部族の両親がそれぞれ1/4血筋を受け継いでいた場合、子供は1/8で部族員になれず先住民の法的証明は得られない。「所属部族のない先住民」と呼ぶ。

 

部族間や異人種間の結婚が急増している現在、血筋割合だけをもとに部族員資格を判断する傾向には反対する声が強いが、割合を緩めることに消極的な意見が多い

 

先住民の人口は1890年の約25万人から2000年では247万5956人、全アメリカ国民の約0.9%

 

カジノ経営や経済開発で成功を収めた利益を部族員に分配している部族への部族員資格申請が殺到している(部族員になればなにもしなくてもお金が入ってくるため)

 

血筋やDNAだけでは語りつくせない、民族としての誇りがその土地に根付いているため、血筋のみに頼る方法は、歴史と文化面でのつながりを無視する側面を持つ

 

部族社会とは、親族関係や宗教、価値観、文化、言語などのつながりにより成立し、一定期間、家族や仲間として生活をともにし、精神世界を共有してきたかが重視されてきた


先住民が部族政府に部族員として所属するという考えはコロンブス到来以前の先住民社会には存在していなかった(白人により作られたもの)

 

虐殺の果てに生き残った先住民に食料や福祉の援助をする際に対象となる人数を把握する意図で部族員制度はスタートしたが、実際には名簿で優先されたのは白人との混血の先住民

 

1887年以降、一般土地割当法(ドーズ法)制定以降、部族員規定が活発化し、居留地の土地を細分化し、割り当てが活発化し、その際、血筋の割合が基準となった

 

1905年、連邦裁判所により、所属資格の規定を定める権利は、各部族政府が有する判決を下したが、実際にはインディアン局が最終決定をしていた

 

インディアン局は1824年に陸軍省内に設立され、現在は内務省管轄下にあり、部族との交渉が主な仕事であり、連邦政府による同化政策の急先鋒として先住民文化を衰退させる役割から現在は多数の先住民を優先的に雇用し部族自治権を尊重する役割を担う

 

先住民をアメリカ民主主義の生みの親と崇める向きがある一方、白人から迫害されていた自分たちよりも弱い立場の黒人を奴隷にして綿花を栽培していた歴史は無視できない(白人到来前から奴隷制度の習慣もある部族もある)

 

奴隷制の継承こそ先住民が最初に部族社会に資本主義を受け入れたきっかけ