日本人の弱点に、ひとつの「正論」が力をつけると、異論、反論は許さない環境が出来上がるというものがある。
大戦中、反戦を唱えると非国民とされ、社会的地位も失った。 最近でも(些細なことのようだか)割り箸悪玉論が暴走し、資源を無駄にしているのではなく、間伐材の処理に有用であるとの意見は材木業者や割り箸業界の我田引水と取られ、マスコミはじめ社会から叩きのめされていた。
しかし今、間伐材の処理が滞り、山の荒廃に加速が掛かったことを多くの人は知らない。(だいたい他人が舐めた箸を使うの気持ち悪くないですか) そして今、原子力発電に肯定的な意見を言えば凄まじい逆風が吹き、政治家であれジャーナリストであれ、その職業生命の喪失になりかねない状況だ。 逆に反原発を唱えれば、良識派、善人とみられる。国家の未来の展望や戦略もなく反原発に突進する図は「一億火の玉」と叫び、無謀な戦争に突っ走ったあの大戦の悪夢再びだ。 ドイツやイタリアが反原発を決めたとマスコミは囃し立てる。 でもフランスの原発で作った電気を輸入するのに反原発と言えるのか。 隣の町にゴミ処理場を押しつけ喝采している身勝手な住民とダブる。 フランスに生殺与奪の力を与えかねないこの両国に冷静な国家戦略はあるのか。
自民の石原。好かん奴だが、今回の「集団ヒステリー」発言は的を射てる。 何より反原発の国民集団ヒステリー状態で異論を許さない流れに挑戦するようで清々しい。負けるなイシハラ。