どもども…週末昔ばなしですよん口笛

今回は、こんなお話にやり



福岡県〜大分県の話です。
昔、九州の沖合…はるかなる洋上に、玄界島(げんかいじま)なる小さな島があったが、住む人とてない筈の この無人島に、今ひとりの男の影があった。

この男の名を 百合若(ゆりわか)と言った。

百合若はついこの間まで、九州・豊後(ぶんご)の国の大臣なのじゃった。

ある年、天守様の命を受け、その頃 九州の沖合にしきりに出没していた 海賊達の征伐に、大勢の部下を率いて出かけたのじゃったが、見事敵を滅ぼしての帰り道での事じゃった。
部下達の戦の疲れを癒すため、百合若は一夜、この玄界島なる島に立ち寄ったが、長い戦の疲れがどっと出て、その夜は深く寝入ってしまった。

ところがその翌朝、百合若の家来で、かねてからその地位を狙っていた 別府貞純(べっぷさだすみ)が、百合若の手柄を独り占めするため、その日 家来達を全員促して、百合若がまだ寝ているうちに、島を発ってしまった。

百合若の悔しさは、如何ばかりであったか…

かつては、人も恐れる鉄の弓を引く男として恐れられた百合若も、今ばかりはどうする事も出来んかった。

この悔しさを誰にも伝える事が出来ぬまま、他に住む者とていないこの無人島に、もう足掛け2年余の年月を送っておった。
そして、ただ星を眺めて暮らす毎日じゃった。

百合若の見る夢は、決まって懐かしい故郷の山や川であった。

そしてそこには、あの美しい春日姫(かすがひめ)がおった。

2人はまだ、結婚して幾日も経っていないのじゃった。

2人はよく連れ立って、狩に出掛けた。

優しい春日姫は、いつもあの大きな鉄の弓を恐れるのじゃった。

ある日の事、猪の親子と鷹が争いを始めた。

勝負は、猪が優勢…もう少しで、鷹がやられそうになっていた。

春日姫が鷹を可哀想に思っていたので、百合若は猪に向かって、鉄の弓を引いて矢を放ち、威嚇した。

それに驚いた猪は、慌てて子どもを抱えてスタコラと逃げて去ってしまった。

その姿があまりにも滑稽だったので、2人は思わず顔を見合わせて笑った。

その時、手に入れた鷹が 翠丸(みどりまる)じゃった。

翠丸は2人にすっかり懐いた…
夢は覚めてみると、虚しかった…

耳に届くのは、ただただ波の音だけだった。

自分は本当に、再び故郷へ帰れるのか…

春日姫は、どうしておるじゃろう…

もう自分の事を、死んだものと諦めているじゃろうか…

自分が今まで治めていた 豊後の国の人々は、どうしているじゃろう…

百合若の胸に、ありとあらゆる焦りが渦巻き、一刻も早く故郷へ帰りたかったが、しかしどうする事も出来んかった。

故郷までの距離は、幾らもない筈じゃったが、そこには荒々しい海が横たわっておった。

それに、ここには船もなければ、筏(いかだ)を組む木すら生えておらんのじゃった。

そんなある日の事じゃった。

百合若が海岸へ出て、流れ着く木を拾っておると…

「ん…まさか?」

1羽の鷹が、玄界島目指して飛んで来た。

「おおっ…翠丸‼︎」

なんとそれは、本当に翠丸じゃった。

故郷にいる時、百合若がこよなく可愛がっていた鷹じゃった。

置き去りにされた主人の居場所を、自分で感じ取り、はるばる海を越えて、この玄界島を探し当てたのじゃった。

「翠丸…おお…翠丸…」
百合若は、何度も何度も翠丸を抱きしめた。

そして、百合若は決心した。

春日姫に手紙を書いて、翠丸にそれを持って行ってもらおう…

百合若は小刀で指を切り、血で手紙を書いた。

そしてその手紙を、翠丸の足に結わえた。

「翠丸…頼んだぞ〜〜‼︎」

翠丸は、空中を何度も何度も旋回すると、やがて空高く飛び去って行った。
その日から、百合若の翠丸を待つ日が始まった。

翠丸は無事、手紙を届け、返事を持って帰って来るじゃろうか…

瞬く間に30日が過ぎ、やがて60日が過ぎた。

ある嵐の時の事じゃった…翠丸は、必死で空を飛んでいた。

無事、春日姫に手紙を届けて、その返事をしっかりと足に結わえていた。

じゃが、足に結わえた筆や硯(すずり)の荷物は、あまりにも重過ぎた。

翠丸は遂に力尽きて、波間に転落して行った。

数日後、浜辺に打ち上げられた翠丸を見つけた百合若の悲しみは、あまりにも大きかった。

「翠丸…翠丸…」
じゃが翠丸は確かに、春日姫の手紙を伝えたのじゃった。

それによると、春日姫はやはり、牢獄へと捕らえられておった。

そして、故郷へ帰って来た別府貞純は、海賊の征伐の手柄を独り占めにすると、百合若に代わって大臣となり、国の人々の不平不満は一気に高まった。

そして、日々酒に溺れるようになった貞純は、卑怯にも 百合若は死んだと偽り、春日姫に 自分の妻になるように言い寄った。

今や 百合若が生きている事を確かめた 春日姫は、これを適当に言いくるめているという。
手紙を読み終わった百合若の体に、熱いものが走った。

何としても、国へ帰らねばならぬ…

その願いが通じたのか、百合若は1艘の壊れた船を手に入れる事となった。

船を直し、遂に百合若は島を脱出した。

実に、島に置き去りにされてから、3年目の事じゃった。
ところで、こちらは豊後の国…

別府貞純の館では、今年の正月も 恒例の弓の競技会が開かれた。

貞純のそばには、春日姫が座らされておったが、一般の競技会が終わった後、貞純は 百合若の鉄の弓を持って来させた。

「この弓を引ける奴がおるか? この弓を引いた者には、褒美を取らせるぞ」

ところが、誰にもこの弓は引けんかった。

何人寄っても、ビクともせんかった。

その時、カンラカンラという高笑いが聞こえた。
見ると、何とも薄汚い男が屋根の上にのぼっておった。

そしてその男は、屋根から飛び降りた。

「んっ? 何奴…⁉︎」

男は、貞純の前へ出た。

「ワシがその弓、引いてやろう」
「おのれ、たわけた事を…もし引けなかったら、そのほうの首をへし折ってやる‼︎」

じゃが春日姫には、もう既に分かっておった。

それこそ我が夫…百合若に違いなかった。

百合若は、かつての自分の弓を引いた…そして、満月に引き絞った。

「おおっ…」

そして、その弓が向けられた先は…

「おのれ貞純…この俺が誰か、分かるか⁉︎」
「ああっ……百合若…⁉︎」
百合若が放った矢は、貞純の体を射し抜いた。

こうして、百合若と春日姫は再び出会った。

はるばる海の彼方より、何年振りに戻った夫じゃった。

そして2人は、いつまでも幸せに暮らしたという。

また、弓の名人・百合若の名は、英雄としていつまでも、人々の間で語り伝えられたという。
(語り 市原悦子)

バイバイ照れ音符