5月11日の母 その2 | 秀のブログ

秀のブログ

ブログの説明を入力します。

{8AF4FDCF-2EFD-4EE7-9CC6-5A8581FF487F:01}

ちゃんと生きてます。


ひげの切り揃えてのを

「親孝行」って言ったら

地獄から出て来られないので、

放蕩息子が孝行息子にちょっと変身しました。

髪を洗いたいと言うので、昼風呂に入れて

髪を洗いました。


人生初、母の頭をあらいました。

不思議な気持ちでした。

子供達の小さい頃は、よく頭を洗いましたが、

その時の感覚と、何か違いました。


「小さくなった。」そう思いました。

母の頭を触ったのは、人生初なのに

何故か母が小さくなっていく事を実感しました。

元々、小さい人ですが、

これが老いていく事なのかと思いました。


{3CE9AFC4-2FB9-473B-A2CC-E63CAF98BEBD:01}


この文章だけ見ると、

孝行息子に思えるかもしれませんが、

実際に、人の世話をすること、

肉親である母の世話をすることは

とても、面倒くさい事なんです。

頻繁にトイレに行きたがったり、

(排尿、排便の意識がしっかりあるのは

幸せだと言われます。それは、そう思ってます。)

部屋が汚いとか言われたり、

肉親だからこそ、疲労感がたまっていきます。

これが、逆に期限があるのなら

自分が後悔しないためにも、一生懸命やるでしょう。



私の場合

母の面倒。人の面倒を見ると言うことは

「心底、助けたい。」という願いなんて無く、

「仕方ないか。」と言う義務感で動いているのが

よくわかってきました。


(我が家の事情、妻は重い心臓病があり、

それでも、母への見守りとか、食事を作ったり

母の物の洗濯とかしてくれてます。

でも、力のいる介護は難しいのです。

長女も今、手が離せない状況です。

何より、妻、子供達、そして母に対して

好き勝手に生きてきたのは私ですから、

私が主体的に母の面倒を見るわけです。)


母が寝ていたのに、目を覚まして

トイレに行きたがっています。

「ちょっと待って!」とやさしく(?)声をかけました。

では、また。

「ちょっと待って!」