ちゃんと生きてます。
ひげの切り揃えてのを
「親孝行」って言ったら
地獄から出て来られないので、
放蕩息子が孝行息子にちょっと変身しました。
髪を洗いたいと言うので、昼風呂に入れて
髪を洗いました。
人生初、母の頭をあらいました。
不思議な気持ちでした。
子供達の小さい頃は、よく頭を洗いましたが、
その時の感覚と、何か違いました。
「小さくなった。」そう思いました。
母の頭を触ったのは、人生初なのに
何故か母が小さくなっていく事を実感しました。
元々、小さい人ですが、
これが老いていく事なのかと思いました。
この文章だけ見ると、
孝行息子に思えるかもしれませんが、
実際に、人の世話をすること、
肉親である母の世話をすることは
とても、面倒くさい事なんです。
頻繁にトイレに行きたがったり、
(排尿、排便の意識がしっかりあるのは
幸せだと言われます。それは、そう思ってます。)
部屋が汚いとか言われたり、
肉親だからこそ、疲労感がたまっていきます。
これが、逆に期限があるのなら
自分が後悔しないためにも、一生懸命やるでしょう。
私の場合
母の面倒。人の面倒を見ると言うことは
「心底、助けたい。」という願いなんて無く、
「仕方ないか。」と言う義務感で動いているのが
よくわかってきました。
(我が家の事情、妻は重い心臓病があり、
それでも、母への見守りとか、食事を作ったり
母の物の洗濯とかしてくれてます。
でも、力のいる介護は難しいのです。
長女も今、手が離せない状況です。
何より、妻、子供達、そして母に対して
好き勝手に生きてきたのは私ですから、
私が主体的に母の面倒を見るわけです。)
母が寝ていたのに、目を覚まして
トイレに行きたがっています。
「ちょっと待って!」とやさしく(?)声をかけました。
では、また。
「ちょっと待って!」

