67年目の広島、長崎と1年5ヶ月目の福島② | 秀のブログ

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が落とされて67年がたち

の事故から1年5ヶ月が過ぎた。


時間は、出来事を風化させていく。

あえて、目をつぶれば、

人々の記憶から、出来事は

消え去るのはたやすいことだ。


悲惨な出来事も、表現を変えれば、

内容が薄まり、悲惨度も変わる。


この世に存在しないセシウムの

半減期が30年と言われ、

67年の歳月で、ようやく地上から消える。


ただ、

傷ついた人々は

簡単に癒やされない。


広島はウラニウム型原爆で、

長崎はプルトニウム型原爆で

タイプの違う原爆が、広島、長崎に落とされた。

どのような被害がでるか、人体実験を受けたのと同じだ。

(もっとも、日本も731部隊による細菌兵器の

人体実験を行っていた事実がある。)


いずれにしろ、

為政者の欲望を守るために行われる

戦争は狂気でしかない。


では、平和な日本で起きた

福島原発の事故は

仕方ないことだったのだろうか。


「原子力の平和利用」という

言葉の裏に隠された、ドロドロした

人間の欲望により、

引き起こされた事件なのだ。


その事が

狂わされた人々の運命と引き替えに

白日の下に晒された。


人々の苦しみを顧みず、

未だに、

原発利権に集中している人間がいる。


では、自分に置き換えて、

無欲の人間かというと決してそうではない。

欲張りな人間だ。

でも、

人を苦しめてまでも、

自分の欲望を満たしたいかというと

「それは違う」と、はっきり言える。