67年前の今日、1945年8月6日 8時15分、
一発の爆弾が快晴の広島市の上空で炸裂した。
原子爆弾である。
一瞬にして、人々の命、営みを奪って、
今もなお、その苦しみが続いている。
その年の暮れまでに、14万人が亡くなった。
原爆の破壊力、放射能の恐怖は
それを体験した人間にしかわからない。
8時14分に、
ビルの階段に腰掛けて休んでいた人は、
8時15分には、
座っていた痕跡だけ残し、
完全に姿形がこの世からなくなった。
全身焼けただれて、命が絶えた我が子を
抱きながら、血だらけの母親がさまよっている姿を
あちこちで見られたそうだ。
悲惨という言葉だけでは、言い表せない事が
実際にあったのだ。
原爆が広島に振りまいたのは
「使用済み核燃料」だと
言うことを忘れてはいけない。
それくらい恐ろしい物を抱えつづけている。
今、広島の平和式典で、野田総理の全然心に響かない
挨拶があった。
福島も苦しんでいるのも
「使用済み核燃料」。
それを忘れてはいけない。
(これから出かけますので、続きは後ほどします。失礼します。)