政府は謝罪をしない。
どの時代でも、
「お上のやることには過ちがない。」という前提だから
逃げ道が無くならない限り、謝罪はしない。
責任の所在を明らかにしないから、
謝罪のしようがないと思っている。
国が国民に対して頭を下げることは、
あってはならないことなのだ。
「その点については、誠に遺憾だと考えています。」
一見、謝っている様だけど、言葉の意味ではあやまっていない。
遺憾=期待したようにならず、心残りであること。
残念に思うこと。
「遺憾って残念に思うことなんだ。」
「このような重大事故な事故が起きて大変遺憾に思います。
今後この様な事が起きないように善処します。」
など、よく国会答弁などで耳にする言葉だ。
訳すると
「このような重大事故な事故が起きて、大変残念に思います。
これから、この様なことが起きないように、うまく処理します。」
この言葉から、
「本当に大変な事をしてしまい、なんと、謝ったらいいか、
本当に、ごめんなさい。許してください。
ごめんなさい。」
といったニュアンスが全く感じられない。
例えば、今回の原発事故で、東電や政府から
「皆さんの人生を狂わしてしまい、
すみませんでした。
償いきれない事態を起こして、ごめんなさい。」
といった言葉やニュアンスすら
聞いた事はないでしょう。
「安全を軽視して原子力行政を推し進めて
来て、この事故を起こして、すみませんでした。」と
自民党、公明党から
この様な言葉やニュアンスすら
聞いた事はないでしょう。
遺憾という言葉しか使ってない連中だら、
人の痛みが全然、判らないし、
判ろうとしていないから連中だから、
仕方ないのかもしれない。
国民が存在しなければ、国家は成り立たない。
経済活動による利益も生まれてこない。
そこを是非、政官業の中心にいる皆さん。
肝に銘じて欲しい。