ボクは,やはり 自分も相手も気持ちよく過ごすこと これがけっこう大切な事だと思っている.自分や周りの人達をハッピーにしようとするために色々方法があるかもしれない.そのなかで何を選ぶのかは各人の自由ではないとボクは勝手に思っている.

自分が発したアクションや言葉に対して相手がどのように感じるか全てを汲み取ることはできないと思う.だからこそ,ある程度分かる範囲で相手がいやがることは自覚してやめるべきだと考えるのだ.この意見に対しては偽善だとか,自分を表現できていないだけだとか,そのような意見があったりする.けれど,ボクだって自分自身が何か良い結果を出したいという思いだってあるし,競争とあれば相手の調子が悪くあってほしいと願うこともある.

それでも,難しいなかで相手を思うことって必要だと思う.
人が何気なく発した言葉は,意外に大きな影響を持っていて,人の心の中に残るものだ.それに,人間なんて日常のちょっとした事で幸せを感じるのだ.それなら,些細な心遣いで皆ハッピーになれるのであればこのうえないことだと考えている.
(今日は久しぶりに小さな幸せを感じる場面があったので,日常のある光景なのに男とは本当にバカだなとも感じた瞬間であった)
久しぶりにブログを書こうと思いたった.思い立ったが吉日,まずは投稿である.
そもそもボクが科学を追求しようと思ったのは,これまで好きではなかった学習がカッコイイものに思えた瞬間があったからである.その瞬間がどのような時だったのかは後で書くとして,今現在その志を思う存分味わうことができているのだろうか?
今日は,「頭がまだ柔らかい者が,頭が固くなってしまっている者が言う前に,考え行動すること」の言葉が印象に残っている.確かに,今までに幾度となく言われてきた言葉である.しかし,そうかもな と思えたのは今日が初めてではないだろうか.ボスの役目は,ボクが突っ走っている状態で線路から踏み外そうとしたところを防ぐことである.だから,ボクが進もうとしない限り前に行くことは決してないのである.
何事もやってみなければ面白いのかどうか,良いことかどうか,反応が返ってこない限り感じることはないし,正解も見えやしない.