元来,ボクは人と密なる関わりを持とうとしない.
しないし,その事に自分で気がついていて,わざとしていない.

けれど,
卒業研究のためにメンバーは集まった.
その時,やけに人との関わりを重要視する奴がいた.
明らかに皆をつなげようと,掲示板を作ったり,懸命に話しかけたりしている.

ボクは,
「そんなことしなくて良い.だまって流れにしたがいなさい.仲良くなることを誰も望んでいないから...」
そう思っていた.

実際のところ,
彼には感謝している.
卒業が近づくに連れて,仲が良くなり密になっていく関係.
それなのに共有できる時間が短くなる名残惜しさ.
卒業してからも,2年位は結構連絡をしていたかな.

今となっては,それほど頻繁には連絡はしない.
けれど,彼ら,彼女らはボクの構成の重要な一部になっている.
本当に「ボクは周りの人に恵まれているナー」と思った.

現在でも,ぶっちゃけて
それほど密な人間関係は必要ないかも.
そう思っているし,事実,それほど友達も多い方ではないと思う.
でも,自分を確立するためにも周りの人って,かなり重要な因子?成分?であることも実体験を通して知っている.

話をしているなかで,
率先して仲良しグループを作ろうとしていた彼
本当のところは,人と話をすることが得意ではないし(メチャメチャ話しますケド),
人と話をする時に緊張するくらいなのだ.
でも,彼は人とのつながりの大切さや面白さを知っていた.
そんな忠実に実行にうつせる彼をボクは羨みもした.

そんな心の支えとなってくれる人がボクにはちゃんといることが,ボク自身の自信となっている.

日常の生活で,

会う人たちに
「ありがとう」 とか 「カッコイイね」 とか 「カワイイね」 とか

自分は言うことができているだろうか.

身近に中国からの留学生がいる.
彼はいつも顔を合わせると,
「元気?」とか「カッコイイね」とか「髪型が素敵だね」とか
言ってくれる.

それって,その瞬間の 仕事としてはそれほど大掛かりではないことではある.
けれど,人間関係を良好に保つ上で
とても良いことだと思う.

やっぱり,ほめれらるとボクはうれしいし,気持ちが良くなる.

周りに怒っている人がいたら,雰囲気は悪くなるし,その場から離れたくなる.
逆に,面白い雰囲気を作っている場があったとしたら,その輪に入りたいと思うはずだ.
(人とは交じり合いたくないと思う人もいるだろう.どちらかというとボクもその傾向があるから...
でも,どこかで人は高揚する気持ちみたいなものを求めているような気がする.
まぁ,色々あるけれどね)

いつだったか,通っているジムで,どこの国の人か分からないけれど,
毎日きちんと受付の方にあいさつをするのを見かけたことがある.
「こんにちは」だけではない.
「○○さん,こんにちは!今日は晴れていて気持ちがイイね.
いつ見ても○○さんはキレイだね. ・・・」
5分くらい会話が続きそうなカンジだった.
ボクにはできないなって思った.
だから,できるだけ挨拶はしようと自分で気をつけている.
挨拶されて気分を害する人なんて,そう多くはないはず.

仕事の時は自分を演じているから,そのようなこともできるのだけれど,
日常となると自身がなくなるのか恥ずかしくなるのはナゼ??

挨拶って良い習慣だと思うのだけれど,どうだろうか.
小学生みたいだけれど,理想を追い求めるボクは
自分がされていやなことは基本的に他人にしないように心がけている.
まぁ,それによって内輪の中での「からかい」みたいなものが減少して,笑いも減少してしまうわけだが...
前にも書いたけれど,このように笑いが減っている時は,まだ自分をネタにしきれていない証拠なのだろうな と感じる.
人をからかって笑いをとったり,下ネタで笑いをとることは比較的簡単なことだと ボクは思っている.

けれど,ボクはそのようなことはしない.
だって,自分がたとえ仲の良い内輪のなかでもからかわれるのは嫌いだから.(程度にもよるのですけれどネ)
そりゃ,小学生や中学生の時なんて残酷ですから,相手の気持ちも考えずに,ズバズバとからかいました.
でも,やっぱりそれじゃダメだなって思った時期があった.
それに,大人になるにしたがって,自分のダメなところ,自分のアブノーマルなところ,自分の経験で笑いをとることが出来る人がちらほらといるんだよね.
ボクはそれを見て,カッコイイなと思った.自分もこうありたいと.

以下,ボクの勝手な想像なのだけど
そんな人って,どこかで苦い思いとか,苦しい体験を通り越して今の状態があるのだと思う.
どこかで,きっと他人には分からない苦しみを克服して今に至っているはずなのだと思う.
だからこそ,その人は今が幸せで,過去の苦渋は,もはや笑い話にできるのだ.
何かどギツイ経験でもしてないと会話のネタにはできないはず.

そして,キツイ思いをしたからこそ,他人の気持ちを知ろうと努力している.
だから,他人にやさしい

産まれてからその時点で備わっているもの自体の影響も大きいのだろう.
けれど,やさしさって 相手の気持ちを汲み取ろうとして発生するものだと思う.

(中には人の優しさはトラップだ.とか あからさま過ぎるゴマすりのような,気持ち悪い優しさもありますけどね)