刑事一代~平塚八兵衛の昭和事件史~(2009/6/20・21放送)テレビ朝日 | 喜び怒り哀しみ楽しむ序破急。

刑事一代~平塚八兵衛の昭和事件史~(2009/6/20・21放送)テレビ朝日

このブログでは基本的に映画作品を対象にしていて、TVドラマについて触れるつもりはなかった。

それでも、そこそこの映画を軽く凌駕する傑作ドラマを観てしまったら、やはり忘備録しないではいられない。


テレビ朝日開局50周年記念という事で、相当な費用を投入し相当な気合を入れて創られたドラマスペシャル「刑事一代 平塚八兵衛の事件史~」を鑑賞堪能した。


喜び怒り哀しみ楽しむ序破急。-刑事一代


いや、もう大変な傑作だった。テレビ屋の意地を見ました。

映画ファンの中には、TVドラマを格下に語る向きの短絡的な人(ボクも含めて)も少なくないが、そういう人たちに是非観て貰いたいと切に思う。今季クールのTVドラマはわりと面白いものが多かったが、この「刑事一代」が全部持って行っちゃった感がするぞ(笑)


そもそも平塚八兵衛といえば、ボクが子供の頃のヒーローだった。当時の庶民がイメージする刑事の典型的な人物像といえた。それは当時、刑事という職業の詳細な情報が少ない中、平塚氏がわりとマスコミに取り上げられる機会の多い宿命にあったからかも知れない。

そりゃ、司法行政の情報操作もあったかも知れない。表には出せない様な事情もあるかも知れない。しかし、ボク等が知る平塚八兵衛像がたとえ平塚氏の姿の一部に過ぎないとしても、少なくともそれに嘘はない。


その人物のサーガを、21世紀の今、こういう形でTVドラマになった事にボクは拍手を惜しまずにはいられない。


監督は石橋冠氏、主演は渡辺謙氏、脚本は長坂秀佳氏と吉本昌弘氏。石橋冠監督と吉本昌弘氏は、WOWOWの傑作ドラマ「シリウスの道」も創った名コンビである。


脚本の吉本さんは自主映画作家としてもご活躍で、そっちでも相当に面白い作品を多く制作している。吉本さんの「仕事で創るドラマ」と「趣味で創るドラマ」を相対してみると、プロ作家の緊張と開放が理解出来る。そして人の感情を突き刺す様な鋭い人間描写力、論理的な構成力は、まさに一線で活躍するプロの作劇家である事を殊更に痛感する。

「刑事一代」では、その力を存分に出し切っていた。

今作においては、吉本さんによると、原作は原案に留め、男臭さを前面に出してかなり好きにお書きになったらしい。

原作はかなり昔に読んだ記憶があるのだが、覚えていない。

しかし、このドラマを鑑賞した今、また再読したくて家中を探してるが見当たらない。また買わなきゃだ(泣)


そう、昭和の警察官は純粋に正義を追い求める正しい権威を擁立していた。勿論、そこには「正義」の定義や「権威」の解釈において警察官個々に独自の齟齬はあったことは確かだ。そりゃ、簡単にスルーする訳にはいかない冤罪も少なくなかったに違いない。プロレタリア思想犯との攻防は時には法の矛盾が生成してマスコミ批判も受けねばならなかったろう。しかし、それでも、司法官が自身の権威をしっかりと自覚して謙虚に職務をまっとうすれば、社会の秩序は十分に保たれるのではないか?

誤解を懼れずに言えば、我々庶民が安全な社会生活を営む為には、警察行政が正しく行使されさえすれば、司法職に絶対的権威は必要だと感じるボクがいる。

相変わらず卑怯な交通取締りは腹が立つけどね(笑)


昭和4、50年代の頃に聞いた話だが、その当時、常に緊張感と同居し権威者の責任を背負う警視庁の現場警察官は、定年退職した後、早々に急逝するOBが少なくなかったらしい。現役時代の厳しい環境と緊張感から一気に開放されるからだと、とある警察OBに聞いた事がある。平塚八兵衛氏も退官後、長寿をまっとうしたとは言いがたい。

このドラマを観ると、そんな話も納得してしまう。


さて、このドラマだが、ノンフィクションジャンルの社会派ドラマながら、人間臭さを熱く表現した生粋の刑事ドラマに仕上がっている。

まさにボクが観たいと思った昭和の男臭い刑事ドラマだ。現代警察が舞台になった軽めな警察ドラマ(勿論、傑作は多い)がデフォルトになった気がする昨今、人の情を深く描く男臭い昭和な刑事ドラマを堪能出来たのはこの上なく幸福だった。

脚本と演出がしっかりとベクトルの方向を定めて創られているから、鑑賞者の魂を突き刺す面白いドラマになったのだろう事は看破出来る。

見事なのはその構成だ。


退官後の老境に入った平塚八兵衛宅に記者の岩瀬とカメラマンの吉崎が話を聞くところからドラマはスタートする。(余談だがこの記者;岩瀬とカメラマン;吉崎は、吉本さんの自主映画レギュラー名優の岩瀬さんと吉崎さんから名前を拝借したらしい。…ってバラしちゃったよ/汗)

数多ある代表的な平塚事件史の中から、昭和23年の帝銀事件、昭和33年の警備員殺人事件、昭和38年の吉展ちゃん誘拐事件、そして昭和43年の三億円事件がオムニバスに語られて行く。

平塚八兵衛サーガのスタートとしての帝銀事件、推理力と捜査力の本領を発揮した警備員殺人事件、そして中でも、吉展ちゃん誘拐事件が最も尺を取っていてドラマの中心になっている。

均一なドラマの羅列にしていない構成が素晴らしい。


「落としの八兵衛」という異名は有名で、八兵衛氏が誘拐犯;小原を取調期限最終日に自供させた話も良く知るトコロだが、その取調の経緯をここまで丹念に緊迫感溢れるドラマにしたのは今作が初めてだと思う。

渡辺謙氏の鬼気せまる迫真の演技と、それに対抗する萩原聖人氏の演技は圧巻で、まさに手に汗握る展開は屈指の名シーンだ。

しかし、刑事というのは、取調べで切り札は最後まで出さないんだよなぁ…って、ここは創作かもだけど(笑)

結局、母の子に対する愛情と子の母に対する愛情が自供させるトドメとなる。これって、刑事ドラマのパロディで散々揶揄されてきたシチュエーションなはずなんだが、取調べの経緯がじっくりと丹念に描写されているから、そのまま感情移入出来てしまうんだよ。すみません、泣かされました。

良い脚本、良い演出、良い演技が揃えば、絶対に面白いドラマになるのだという事を改めて確認出来た。

最後の三億円事件については、事件そのものを彫り下げる展開は要を外さず最小限にとどめている。散々語られてきた部分を改めてドラマで描写してもしょうがないっていう潔さが気持ちいい。吉展ちゃん事件で見せた様な平塚氏の昭和的捜査手法の是非を仄かに疑問提起しつつ、ある意味、一つの時代の終焉を見せてドラマは決着する。

平塚氏が提唱した「モンタージュ写真が捜査を撹乱してしまった説」は有名な話だが、このドラマではそこよりも平塚氏の退官とその万感の想いにテーマは収束するのだ。あぁ、これぞまさに人間を描くべきドラマの真骨頂じゃないか!!


あぁ~男臭いっ!男臭いぞ!!

ちくしょー!なんていい匂いなんだ!!

このドラマは、エアコン切って、ランニングシャツに扇風機とスイカと生ビールでじっくりと観るのが正しい作法だ!!


エピソード各々の昭和の時代再現映像は驚愕の一言。

日本のCG技術も本当に進んだよなぁ。その時代背景における平塚八兵衛の年齢経過を、渡辺謙氏の匠な演技とメイクがしっかりと表現しきっている。石崎を演じた高橋克美氏のも泣かされた。

本編放送前後に放送したメイキング番組も秀逸。スタッフ陣やキャスト陣のこのドラマに掛ける意気込みは素晴らしい。

4時間半のドラマはまるで長いとは感じなかった。

ボクの中では、まさにニュースなドラマだったワケだが、期待を遥かに超える完成度で本当に感動した。

日本のTVはこんなに面白いドラマが創れるのだ。


しかしさ、創作されたドラマを観て、「実際の平塚八兵衛はこーだった、あーだった」って第三者が書いた物を根拠に事実の全てを知ったつもりになって、ドラマを批判するのって勘違いなんじゃないだろうか?

歴史物コンテンツなんて、どれも装飾に満ちているって事を、よ~く理解して、ドラマを語りたいものだ。

星星星星星