こんにちは。

 

今回からインプット勉強のアウトプット訓練として、

憲法の勉強成果をブログにアップしていきたいと思います。

 

初回は、職業選択の自由・営業の自由です。

 

なんで最初が経済的自由なの?

 

と思いますよね。

 

憲法判例百選の判例はほとんど全部読んだんですが、

かろうじて頭に残っているのは、

一番最近に勉強した項目なんです!!

 

これが私の脳のHDの活動限界なんです。

でも思うんですけど、

憲法の勉強を頭からやると、

総論から始まって表現の自由あたりで息切れしませんか?

意外と、中ほどからやる方がうまくいったりするんです。

 

よく、民法も総則で挫折するっていいますから、

こちらも先に債権法と担保物件法をやってから総則をやってます。

そういうわけで、今回は職業選択の自由・営業の自由からいきます。

 

まず、憲法22条1項の職業選択の自由には、「営業の自由」を含みます。

営業の自由は公共の福祉の規制をうけます。

 

その規制は、以下の通りです。


  消極目的規制 
   国民の生命・健康への危険を防止するために課される予防的・警察的規制
   規制の必要性と合理性を立法事実に基づいて審査する。

      ⇒ 中間的な「厳格な合理性の基準」
  積極目的規制
   福祉国家理念に基づく社会・経済的弱者を保護する政策的な規制
   「明白の原則」⇒規制が著しく不合理であることが明白である場合に規制は違憲

      ⇒ 立法府の裁量が大きい


  積極目的規制は、国会が社会の状態を調査・把握したうえで繰り出す社会経済政策なので、

  裁判所としては「よっぽどヒドイ場合」以外は合憲としますよ、ということですね。

  判例の展開です。
  
  その前に!

  実は、手元にある判例百選が第6版で最新の第7版ではないんです。。。

  なので、判例の番号は第6版ベースです。

  第7版を買って修正が必要なら追ってやります。

  

公衆浴場の適正配置規制(憲法判例百選Ⅰ-94)
 公衆浴場法は公衆浴場業を都道府県知事の許可制とし、福岡県条例で距離規制が設けられた。被告人は浴場建設後、距離規制のために営業許可を得られず、無許可で営業を行っていたため起訴された。

 最高裁は、公衆浴場の偏在乃至濫立を来すことは公共の福祉に反し、国民保健及び環境衛生の観点から距離規制を設けることは憲法22に違反しないとした。
 当時の学説は、規制の目的と手段との合理性は実証されていないと批判をよせた。これに対し、以下の判例で判断基準が示されることになった。

社会経済政策としてなされる営業規制 - 小売市場事件(憲法判例百選Ⅰ-96)
 小売商業調整特別措置法により、小売市場の開設営業は都道府県知事の許可を要し、大阪府は許可基準を策定し、距離制限の規制をかけた。
 被告人は大阪府知事の許可を得ずに小売市場を開設したので、特別措置法違反で起訴された。被告人は、同法の許可規制と大阪府の距離規制が憲法22-1に違反すると主張した。
 最高裁はまず、憲法22-1の職業選択の自由には営業の自由を含むとした。そして、憲法22-1の公共の福祉に基づく個人の経済活動に対する消極的規制だけでなく、福祉国家的理想のもと、積極的な社会経済政策のための合理的規制措置を講ずることは憲法の予定するところであるとした。
 その上で、消極的規制については立法事実に踏み込んだ「厳格な合理性の基準」を適用し、その一方で、社会経済の分野の積極的規制の妥当性については立法府の裁量に委ねるほかなく、立法府がその裁量を逸脱し、当該法定規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限って、これを違憲とすることができるとした。(明白の原則)
 当該事案については、小売市場の共倒れを防止するという社会経済分野の積極的規制であり、目的に合理性がないとはいえず、明白の原則を適用して合憲とした。

 

 

薬局開設の距離制限(薬事法判決)(憲法判例百選Ⅰ-97)
 広島県に本店をおきスーパーを経営する原告の株式会社Xは、経営する店舗での薬局開設の申請を行ったが、距離規制に抵触するとして不許可処分となった。Xが憲法22違反を主張して処分取消を求めて出訴した。
 最高裁は、職業選択の自由は個人の人格的価値とも不可分の関連をもつ権利であるとし、職業の選択のみならず職業活動についても原則自由であり、憲法22は職業活動の自由も含むとした。
 次に、職業は社会的相互関連性が高く、精神的自由よりも強い規制をうけるとした。(二重の基準論)
 職業は多様であり、これに対する規制は一律に論ずることはできず、「事の性質」に則して検討を要する。そしてその規制の内容は立法府の広範な裁量に委ねられている。裁判所は、規制の目的が公共の福祉に合致し、規制の必要性と合理性が立法府の合理的裁量の範囲にとどまる場合(比例原則)には立法政策としてこれを尊重する。(目的審査と手段審査)
 立法府の合理的裁量の範囲は広狭あり、個別に判断される。
 職業の許可制については、一般に職業の選択に対する強力な規制であって、立法事実を検討してこれが消極的・警察的規制に該当する場合には、許可制よりも緩やかな制限の規制で目的が達せられないことを要する。(厳格な合理性の基準)
 薬局開設の許可条件として距離制限を設けることは、その立法事実に照らすと、国民の生命及び健康を守る消極的・警察的規制であり、社会経済政策的な積極的規制ではない。(この点で上記①の小売市場判例とは事案を異にする。)
 薬局開設の許可制の条件のうち「薬剤師の人数」などについてはその必要性と合理性を肯定できる。
 しかし、距離制限については、このような制限を課さなくては国民の保健に対する危険を生じさせるおそれが合理的に認められなくてはならない。 薬局の競争激化⇒経営の不安定⇒法規違反という因果関係にたつクオリティの劣化は観念的なものにすぎず、合理的な判断とはいえない。このような弊害の防止は他の方法によって達せられるべきであり、本件の距離規制は違憲である。
 この判決の背後には、西ドイツの憲法判例である「段階理論」が下敷きにあると考えられる。段階理論とは概略以下の通り。
   (A)職業の事後規制

   (B-1)職業の事前規制⇒内容が個人の努力で克服可能な主観的なもの

   (B-2)職業の事前規制⇒内容が個人の努力で克服不可能な客観的なもの

    下の規制ほど審査密度が厳格になる。

 

 

 ここでいったん整理します、94事件では審査基準が不明確であると批判をうけ、

 96事件で消極目的規制・積極目的規制(規制目的二分論)をもちだしました。

 97事件でも規制目的二分論がでてきましたが、さらに「厳格な合理性の基準」にLRA定式が盛り込まれました。
 97事件では、許可制の条件については、「薬剤師の人数」など個人の努力で克服可能な主観的なものは合憲とし、

 問題となった距離制限については、個人の努力で克服不可能な客観的なもので、厳格な合理性の基準に基づき違憲となった、

 と考えられます。この背景には、段階理論があると考える意見があります。

 

 

 その後の判例の展開です。

 

生糸の輸入制限と経済活動の自由 - 西陣ネクタイ事件(憲法判例百選Ⅰ-98)
 京都の西陣織工業組合に加入し、絹ネクタイ生地を生産している織物業者らの原告は、生糸の価格安定を内容とする繭糸価格安定法改正の立法行為により自由に生糸を輸入できなくなって国際価格の約2倍の国内価格で仕入をすることになる一方、絹ネクタイ生地の輸入に対する抑制措置はとられず、原価も売価も圧迫され、その結果、上記立法行為により損害を被ったとして国家賠償を請求して出訴した。
 最高裁は、本件規制を社会政策的な積極的な規制とし、上記小売市場事件判例を引用して、立法府が裁量権を逸脱し、当該規制措置が著しく不合理であることが明白な場合に違憲となる「明白の原則」を示し、本件についてはこの原則に照らし合憲とした。

 

 

酒類販売の免許制(憲法判例百選Ⅰ-99)
 X会社はY税務署長に酒税法に基づき酒販業免許の申請をしたが、法所定の「経営の基礎が薄弱であると認められるとき」に該当するとして拒否処分をうけた。Xがこの本件処分の取消をもとめて出訴した。
 最高裁は、本件規制を、租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のための職業の許可制とし、社会経済的な積極的規制とした。従って、規制の必要性と合理性についての立法府の判断が立法府の裁量を逸脱し、著しく不合理なものでない限り、憲法22-1に違反しない(明白の原則)とし、本件については合憲とした。
 


ここまで、「積極目的規制」⇒「明白の原則」での審査という判例が続きます。

この後、風向きが変わってきます。

 

司法書士法の資格制(憲法判例百選Ⅰ-100)
 被告人は行政書士であり、司法書士の資格がないにもかかわらず、登記手続の代理行為を行って、司法書士法違反で起訴された。司法書士に登記手続の代理業務を独占させる「職域規制」の合憲性が争点となった。
 最高裁は、上記薬事法判決と、「歯科医師法違反事件」の2つの判例を引用して、本件規制が公共の福祉に合致するとして、被告人の違憲の主張を退けた。
 「歯科医師法違反事件」では、歯型の製作などに本件と同様の職域規制がかけられていた事案で、本判決と同様、当該規制が公共の福祉に合致するとして、合憲とした。本判決と同じく抽象的で簡略な「公共の福祉」論である。
 薬事法事件との関係については、薬事法事件の判例法理(に通底する段階理論)に照らすと、本件規制は努力により克服可能な主観的内容の事前規制にあたると考えられる。薬事法事件は克服不可能な客観的内容の事前規制であり、薬事法事件の方が本件より審査密度が厳格であるため、薬事法事件では立法事実まで審査して違憲、本件は合憲と、結論が分かれたとの主張もある。が、この説明は、他の判例との整合性について難点があり、本判決の位置づけについて決着しているとはいえない状況。
 また、資格が「克服可能な主観的内容」といっても、生来の性質・能力など、努力の及ばない部分もあるし、距離規制が「克服不可能な客観的内容」であるといっても、別の位置に変更すればよいともいえる。したがって、段階理論をあてはめれば合憲違憲の判断ができるというわけでもない。

 

 突然、「公共の福祉」に合致するから合憲、というだけの簡略な説示になりました。

 100事件の解説でも述べられているとおり、100事件と97事件(薬事法事件)との整合性の説明が困難なため、近年では規制目的二分論は急速に支持を失っているそうです。

 

 

 次回は財産権です。

 

 間違ってるぞーーーーー!!!というご意見、ありがたいです。

 

 また一所懸命に勉強してきます。