え?
そうなの?
人は
知らないことを
たくさん人から学ぶことがある。
それを経験値と呼ぶか
ただの談話と捉えるかは
あなた次第。
けれど
いつから役に立って
人生の糧になると
ミヤモトは
一生
徹子さんの様に
勉強をしたいと思ってる。
こんばんは♪
ミヤモトです。
今日は
人の幸せな話。
人の幸せって
誰が決めるんだろう。
そんなことを小学生の頃から考えていた。
誰かに
「幸せそうね」と、言われたら
幸せなんだと自分の解釈を勝手にしていた。
幸せそうな家に住んで
幸せそうな金持ちになるために
幸せそうな仕事に就く。
現実は
そうはいかない。
19歳の頃
挫折して
身投げをした。
運悪く助かって
何も気力が起きずに
日本の医学会を呪おうとしたくらい
人を思う医者はいなくて
結局
小さい頃から
「幸せそうね」と言ったのは
建前なんだと知った。。
いい風景を見せられても
そんなでもなく
いい映画を見せられても
そんなに感情移入せず
何故この映画がいいのか調べた。
告白やプロポーズ
何度もされたけども
いいんじゃない?それで
納得いく結果はないけど
別にそう思うならいいよ。笑
友達も失い
恋人とは別れた。
1人の生活が良くて
仕事して忘れようとした。
だけど
仕事も精神状態が悪く続けられなかった。
それから30代に入ると
周りが
すごく暖かく
優しく見守ってくれていた。
そんな時に猫を飼い始めた。
4.5ヶ月の猫は
利口すぎて
何もかも
知っている様で
おっちょこちょいだったが
唯一
コミュニケーション能力は高く
動物に興味がない自分が
1番仲良くなった。
先日
体調崩した上に
猫が4年半一緒に
足の上で寝ていたが
寝なくなって
また落ち込んでいた。
もう体調も治らなくていい。
そう思った。
その2週間後
朝晩の寒さに耐えきれないのか
久しぶりに猫が足の上で寝てきた。
涙が出るほど
嬉しくて
セロトニンがドバドバ溢れていった。
その時
あぁ
人の幸せって
確かに人それぞれだけども
まず
自分の幸せの解釈としては
寝ている猫の背中を撫でて
気持ちよさそうに寝てくれるのを
泣きながら触って
そばで寝たいと感じた。
男の人でもなく
知人でもなく
言葉がわからないのに
分かろうとしてくれた猫に
私は
幸せを初めて感じたのだ。
あぁ。
これがあの人が言う
幸せそうね。
なのだろう。
そう思わない以上の幸せは
この足の上で寝る
のびのびした猫以上にやってこない。
そばにいて欲しい時に
いない男性は
仕方ない。
居なくていいんだ。
別に
死んでも
悲しまないと思う。
だけど
言葉が通じない猫が
そばにいてくれるだけで
もう
十分。
ずっと一緒。
ずっと一緒。
👋
