ソラトがぶち当たっている壁があります


それは他者との感情の境界線。


詳細は面倒なので省くけど(笑)


今のソラトの環境で先生たちのほかの子達への叱責や態度や言葉に傷ついてる。

自分がされてるわけではない。

その事実は理解している。、けれど

クラスメイトが軽く扱われていることに違和感と憤りを感じていることは事実。

特に感受性が豊かなソラトなのでほかの子達よりもより敏感にそれを感じすぎてしまって深く傷ついています。


けれどそれはソラトが受け取りすぎている。

それをソラトが自覚して手放していけなければならない問題です。


そう簡単に割り切ることがてぎないことも事実だけど。


先生の言葉使いや叱責の内容や態度に対して物申すことで改善は基本的に見込めないと考えてます。


相手の気持ちを慮ることができてるのならばそんな態度や言葉は出てこないはずなので…


けれどでてきているということは担任達が自分の機嫌で動いているということなので。


それを変えることは私たちがコントロールできることではない。


だから受け取る側のソラトが自分自身でコントロールできる範囲で対応しなければならない。


その話をソラトにしています。


叱責されすぎている状況を見て学校にいることがしんどくなってきています。


早退も含めてやっていい!とは伝えた。

けれどずっとそれを見ないようにソラトが学校にいかない!という選択をし続けることはソラトにとって不利益になる。


だからこそソラトにとって何が大切なのか?

を考えさせています。


自分ができること

自分がすべきこと


その区別をさせるため今練習している。


友達を助けたいという気持ちはとても素晴らしい。


でも自分を犠牲にしてまでやることではない


されてる本人とその保護者が解決する案件です


私はそう割り切っています。

事実としてそのような状況があることはわかっている。、けれどその対象としてソラトがなにかされてるわけではない。


なので保護者としてはなにもできない。

それが実情。


難しい問題だけどね。


学校や先生と戦うためにはそれ相応の事実が必要です。


その状況を見た

それは事実。


けれどそれがなぜ起こったのか?

どういう状況でそうなったのか?

の背景はソラトには見えません。


だからこそ

友達の辛さをわかってあげられるソラトは優しくて素晴らしいけれど…


ソラトが請け負うことではない。


自分が辛いのは事実

当たり前です。

そんな状況見て気持ちいいと思う人などいません、

不快です。


それは当たり前の感情。


けれどその感情を過度に受け取りすぎてソラトが苦しくなるのは違う。


だから他者の感情と自分の感情の切り分けは必要。


これから先こんな状況は山程ある。


その度傷ついて苦しくなってしまったら生活がままなりません。


ある程度割り切って生活できるようになること!

それはソラトの課題です。


悩ましすぎるけれど…

私が全て解決してやれない…もどかしさはあるけれど…

ソラトが乗り越えなければならない壁


かなり難しいそびえ立つ壁です。


眠れなくなってきていて…

腹痛も頻発してきました。


それも乗り越えないといけません。


物理的な境界線と

感情の境界線。


きっちり線引するのは難しいけれど


伝え続けるしか私にはできないしね。

少しづつ前に進みたいです。