腕の中にすっぽりと収まる。

暗闇の中で白く浮き上がる肌。

 

「まったく。どうやったら寝ながら脱げるの?」

 

昔から寝相の悪いこの人は、着ていたトレーナーを脱いでどこかに放り投げてしまう。

4月とはいえ夜は少し冷える。剥き出しになった上半身に布団をかけ直してやり、優しく抱きしめた。

 

確信の持てない君の言動に俺はいつも振り回される。

そういう趣味はないと思っていたから、高校からずっと想いを隠して近くにいた。

友達でいい。そう思っていたのに…。

 

社会人になって突然、男と付き合い始めたと言われた時 怒りにも似た感情が湧いた。

 

俺の方がずっと好きだったのに、

なんで俺じゃないんだよ。

 

コロコロと変わる恋人。

その度に家に迎えに行かされたり、別れ話を代わりに伝えさせられたり…。

 

「俺って、翔ちゃんの何?」

 

気持ちよさそうに眠っている寝顔に問いかけても当然反応はない。

 

寂しさを埋めたくて彼女を作っても、虚しさが勝つ。

 

どうして君は俺を選んでくれないの?

 

欲求不満だと言って誰にでも触らせるのが許せない。

俺の知らない翔ちゃんを知っている人たちが羨ましく恨めしい。

 

一度だけ触れた唇は思っていたよりもずっと柔らかかった。

 

俺の感触だけ残ればいいのに

もう誰も触れなければいいのに

 

そんな独占欲を見せれば、関係はどう変わるんだろうか。

俺は冒険できなくて、その気持ちを心配に置き換えるんだ。

 

好きな人は翔ちゃん。

好きなタイプも翔ちゃん。

 

そう言ってしまえたら。

 

もう、長い間ゴールも見えず彷徨っている。

入り口もどこだったか分からない。

 

「翔ちゃん。」

 

滑らかに滑る背中に手を回し、抱き寄せる。

 

「ん…、」

 

収まるように胸に寄り添う翔ちゃんに愛しさが溢れる。

 

「…ごめんね。」

 

俺以外の人との幸せを願えないことを許して欲しい。

 

「なにが?」

 

突然、腕の中で眠っていたはずの翔ちゃんが顔をあげる。目を細めていて眠そうだ。

 

「翔ちゃん、起こした?」

 

「大丈夫…てか、俺また脱いでた?」

 

「いつもの通りです。」

 

「1人の時か相葉くんと寝てる時だけなんだけどな〜。」

 

「そうなんだ。」

 

またこう言われて期待してしまう自分が嫌になる。

 

「…寒っ。」

 

翔ちゃんが俺に擦り寄って身を縮こませる。

 

「服着る?」

 

「いい。相葉くんとくっついてたらあったかいし。」

 

「もう、また風邪ひいても知らないからね?」

 

「そんな頻繁にひかねぇよ。」

 

翔ちゃんはそう言ってまた目を閉じた。

それを見て俺もゆっくり目を閉じた。

 

「…ねぇ、なんでキスしたの?」

 

翔ちゃんが小さく呟いた。

どう答えるのが正解なのか考えはまだ纏まっていない。

 

「…。」

 

「起きてるくせに。」

 

「消毒って言ったでしょ?」

 

目を瞑ったまま答える。

翔ちゃんの顔を見るのが怖い。

俺の顔も見られないように、翔ちゃんの頭を胸に抱えるように抱きしめる。

 

「…だとしたら、口だけじゃ足りなくね?」

 

「…。」

 

「俺、佐々木先輩にされたの…キスだけじゃねぇし。消毒するんだったらもっと」

 

「欲求不満なだけでしょ?」

 

「…え?」

 

翔ちゃんはほぼ毎日のように誰かを重ねていたから、ただ性欲を処理したくて俺を誘ってるんだ。

 

キスしてきたんだから押せばヤレる。

そう思ってるんでしょ?

 

簡単な関係になりたくない。

大事に守ってきたのに。

翔ちゃんへの想いを汚したくない…。

 

「ほんとに毎日ヤらないと気が済まないの?…翔ちゃん、俺のこと都合よく使いすぎ。」

 

言いすぎた。そう思った。

でも、もう翔ちゃんは俺を押し退けて立ち上がった。

 

「…帰る。」

 

床に放り投げられていたトレーナーを素早く着た翔ちゃんはテーブルの上の鍵を乱暴に奪って玄関へと早足で歩いた。

 

引き止めるべきだったのかもしれない。

でも、今は翔ちゃんに優しくできる自信がなかった。きっともっと傷つけるし困らせる。

 

「ごめんね、翔ちゃん。…大好きだよ。」

 

もう何度目かわからない行き止まり。

来た道も戻れなくて、ずっと迷路の中だ。

ここから出してくれるのは翔ちゃんしかいないのに…