この人生での最高の不条理の一つとして、愛する異性から愛される訳ではないと言う不条理がある。この不条理の前にはその時点ではどんな説明も救いも効果が無い。ただ受け入れるしかない厳しい不条理である。
誰でも経験があると思うが、心を寄せる異性に気持を告白して、相手がそれを受け入れるかどうかは誰にも分からない。若いうちは特に確率からすると受け入れられない可能性が多い様な気がする。いかなる努力も、この不条理の前には無力であることは、多くの人が経験していることではないだろうか。世の中努力だなどとは言うが、この不条理の前にはどうにもならないものがある。この不条理に人生の早くでぶつかった人は、世の中の知恵がかなりまやかしであることを知ってしまうことになる。
特に異性にもてない男女はこの不条理をかなり早い段階で知ることになる。異性に永遠にもて続ける男女は居ないので、異性にもてる男女もある年齢になるとこの不条理を少しずつ知る様になるのかも知れない。この厳しい人生の現実を。
この不条理を避けるために、手の届く範囲で異性を探すと言う知恵が働く。そしてこれは健全である。愛する対象が余りに遠い場合には、その努力はあまりにも虚しいものとなる可能性が高いからである。有限の人生を考えると、手の届く範囲で頑張るのが生きる知恵となりそうである。
そんな風にして人生を過ごしているうちに、若い時の人生の不条理が決して救いの無いものではないことが分かってくる。完璧な存在など無い事実が出てくるからである。憧れで手の届かないと思っていた異性が年齢と共に、花が萎れる様に、若葉が落ちるように、それほどの価値でもなくなる事実を知ることとなる。若いうちには心を寄せる異性から拒絶されることは自分の存在を否定される様な辛さがあるが、年齢を重ねるうちにそれほど重大なことではないことに気がついていく。
時間と言うものはあらゆる苦しみを癒すものであることも徐々に知ることとなる。

上原信也
立命館上海校友会HP:http://alumni.ritsumei.jp/shanghai/
Mixiコミュニティ:http://mixi.jp/view_community.pl?id=4515903