1989年の大納会で3万8千915円まで達した日経平均株価は翌年から暴落をしていくわけで、この1989年末をもって日本のバブル景気が崩壊したと言うことになっているが、実際は体感としては1992年1993年頃まではバブルの余熱が維持されていたとされる。その証拠としてよく挙げられるのは、あの有名だったジュリアナ東京は1991年5月の開業である。(因みに1994年の8月31日まで。)バブルの象徴とされたこのディスコは何とバブル崩壊後にバブル的な気分を演出していたことになる。実際には1990年代の初めはまだまだバブルだったと見るのが正しい気がする。太陽が沈んだ瞬間に突然暗くなるわけではなく、美しい夕焼けがあるのにどこか似ている。酒を飲み終わった後に酔いが回ってくるのにもどこか似ている。
まったく馬鹿げた狂騒ではあった。当時山手線の田町駅辺りにはワンレン、ボディコンの女性が満ち溢れていた。山手線の中にまでそのままの姿で入っている様なことも見受けられ、世はまさにバブルであることを体感させてくれたものだ。当時、会社員の男性女性もディスコでフィバろうぜ、とばかり出掛けた人も多かったであろう。今でも語り草になっているお立ち台や扇子を煽って大騒ぎする当時のギャル達の様子は、今でもインターネットなので見ることが出来る。今から眺めると、遠い国の風景に見えるが、これがまさに、つい最近の20年程前の日本だったのである。
1987年のブラックマンデーは今回のリーマンショックみたいなもので、株が大暴落した。ところが、なぜか日本はそのショックからいち早く立ち上がりバブル景気に突入していった。日本経済は強い。東京23区の土地の評価額で米国全部が買えるといわれた。三菱地所がロックフェラーセンターを買収した。今思い出すと、まさに竜宮城の様な思い出である。
相場と言うものがあるとバブルはどんな力を持ってしても避けられないとされる。オランダもイギリスもアメリカもそして日本もこの熱狂と崩落から逃れることは出来なかった。山が高ければ谷は深いと言うのも同じである。バブルは市場主義には避けられない悪の華でもあると言う。
中国の漢代に成立したとされる管子と言う古い書物がある。その中に「世の中に実用品が出回っているうちは世の中や政治は落ち着いており、贅沢品が出回るように人の心は浮ついている。市場に出回っている商品の種類と数量は世相を直接反映するもので、市場が勝手に作りだしたものではない。」との記述がある。数千年前から既にこの様なことは分かっていたのだ。そして分かっていても、浮ついた世相とそれに連なるバブル崩壊を避けられないのもまた人間であろうか。
バブル後の新入社員は馬鹿げた時代の犠牲になったとも言われる。その後日本経済は失われた10年(いや20年)を経験することとなり、バブル以前の常識が通用しなくなってきた。バブルの傷が癒えた頃には既にグローバル市場経済の時代となり、循環的な景気回復は起こらないことも分かってきた。
1980年代から今までの30年間は日本経済にとっては、まさに未曾有の激動となっている。大陸大移動の様なものであろうか。そしてその大移動は今も着々と進んでいる。
高田啓次郎
立命館上海校友会HP:http://alumni.ritsumei.jp/shanghai/
Mixiコミュニティ:http://mixi.jp/view_community.pl?id=4515903
まったく馬鹿げた狂騒ではあった。当時山手線の田町駅辺りにはワンレン、ボディコンの女性が満ち溢れていた。山手線の中にまでそのままの姿で入っている様なことも見受けられ、世はまさにバブルであることを体感させてくれたものだ。当時、会社員の男性女性もディスコでフィバろうぜ、とばかり出掛けた人も多かったであろう。今でも語り草になっているお立ち台や扇子を煽って大騒ぎする当時のギャル達の様子は、今でもインターネットなので見ることが出来る。今から眺めると、遠い国の風景に見えるが、これがまさに、つい最近の20年程前の日本だったのである。
1987年のブラックマンデーは今回のリーマンショックみたいなもので、株が大暴落した。ところが、なぜか日本はそのショックからいち早く立ち上がりバブル景気に突入していった。日本経済は強い。東京23区の土地の評価額で米国全部が買えるといわれた。三菱地所がロックフェラーセンターを買収した。今思い出すと、まさに竜宮城の様な思い出である。
相場と言うものがあるとバブルはどんな力を持ってしても避けられないとされる。オランダもイギリスもアメリカもそして日本もこの熱狂と崩落から逃れることは出来なかった。山が高ければ谷は深いと言うのも同じである。バブルは市場主義には避けられない悪の華でもあると言う。
中国の漢代に成立したとされる管子と言う古い書物がある。その中に「世の中に実用品が出回っているうちは世の中や政治は落ち着いており、贅沢品が出回るように人の心は浮ついている。市場に出回っている商品の種類と数量は世相を直接反映するもので、市場が勝手に作りだしたものではない。」との記述がある。数千年前から既にこの様なことは分かっていたのだ。そして分かっていても、浮ついた世相とそれに連なるバブル崩壊を避けられないのもまた人間であろうか。
バブル後の新入社員は馬鹿げた時代の犠牲になったとも言われる。その後日本経済は失われた10年(いや20年)を経験することとなり、バブル以前の常識が通用しなくなってきた。バブルの傷が癒えた頃には既にグローバル市場経済の時代となり、循環的な景気回復は起こらないことも分かってきた。
1980年代から今までの30年間は日本経済にとっては、まさに未曾有の激動となっている。大陸大移動の様なものであろうか。そしてその大移動は今も着々と進んでいる。
高田啓次郎
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