今日は何気なく歩いていたら、桜の木が多くの葉をまとっているのを改めて発見した。桜の木など桜の季節にしか意識しないものだが、改めてみると緑の桜の木も悪くないものだ。旬の時だけがそのものの本質ではないような気が知る。世間が愛でる旬の季節と言うのは、そのものに取っては旬なのかどうかは甚だ疑問。積極的にアピールする時間はやはり目立つので、そのものの旬と捉えられがちだけれど、実際はそうではないのかもしれない。可能性が無限にあると信じれば、毎日、この一瞬一瞬が旬なのだとも言えよう。

 

小柳宗一郎