〇 ゼカリヤ書第13章1~2節
「13-1 その日、ダビデの家とエルサレムの住民のために、罪と汚れをきよめる一つの泉が開かれる。」
「13-2 その日、―万軍の主の御告げ―わたしは、偶像の名をこの国から断ち滅ぼす。その名はもう覚えられない。わたしはまた、その預言者たちと汚れの霊をこの国から除く。」
先日is6689ブログにて、万世一系の天皇家ダビデ王勝信貴先生が知らしめしになられた聖書の聖句です。
徳之島に「1つの泉」が発見されました。それは「2021年9月23日」でした。ダビデ王は上記聖句の「罪と汚れを清める泉」ではないかと仰っています。
「誰」の「罪と汚れを清める」のでしょうか。ゼカリヤ書第13章1節の聖句にもあるように「ダビデの家」と「エルサレムの住民」のためと主なる神様は仰せです。「ダビデの家」とはそのまま「ダビデ王」の血筋の方です。つまり「万世一系の天皇家」です。では「エルサレムの住民」とは誰でしょうか?その意味を解くためのヒントをダビデ王から今朝いただきました。次の聖句を見てください。
〇 ゼパニヤ書第3章14節
「3-14 シオンの娘よ。喜び歌え。イスラエルよ。喜び叫べ。エルサレムの娘よ。心の底から、喜び勝ち誇れ。」
前後の文脈から論理的に考えて、同じ対象に呼びかけられた言葉と考えられます。そのように考えると、この聖句から「シオンの娘=イスラエル=エルサレムの娘」であると理解できます。さらに、
〇 ミカ書第4章2節
「4-2 多くの異邦の民が来て言う。「さあ、主の山、ヤコブの神の家に上ろう。主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。私たちはその小道を歩もう。」それは、シオンからみおしえが出、エルサレムから主のことばが出るからだ。」
後半部分シオンから出る「みおしえ」とエルサレムから出る「主のことば」は同じ意味ですので、ここからも「シオン=エルサレム」と理解することができます。さらにミカ書で、
〇 ミカ書第4章8節
「4-8 羊の群れのやぐら、シオンの娘の丘よ。あなたに、以前の主権、エルサレムの娘の王国が帰って来る。」
以前の主権が「帰ってくる」のですから、前にあったと同じところ同じです。従って、「シオンの娘=エルサレムの娘」です。
私も心のどこかでは理解しているつもりだったのかもしれないですが、今日改めて「シオン=イスラエル=エルサレム」であると認識しました。
「シオン」は、「日本」さらに厳密にいえば「徳之島」です。is6689ブログの主題です。「エルサレムの住民のため」に開かれた泉は、やはり「エルサレム」に準備されていると考えるのが自然です。
そして、「エルサレム=シオン=徳之島」なのですから、ゼカリヤ書第13章1節の「罪と汚れをきよめる1つの泉」とは、徳之島に発見された「泉」です。(写真はンネットから拝借しました。二つ目の写真はダビデ王のブログより拝借しました)
私は正直申し上げて、自分では考えたうえでの決断でしたが、周りに負けて、ワクチンを接種しています。これは罪です。その罪を許していただくために「シオン=徳之島」の「泉」に行かないといけないと思っています。その上で真に、以下の聖句に与かれると思います。
〇ゼカリヤ書第14章16節
「14-16 エルサレムに攻めて来たすべての民のうち、生き残った者はみな、毎年、万軍の主である王を礼拝し、仮庵の祭りを祝うために上って来る」
真に「仮庵の祭り=イエス・キリストの御降誕祭」に与(あず)かれるためには、罪と汚れをきよめていただき、万軍の主を礼拝しなければなりません。
11月18日のお月様の写真です。
祭司エノクーアロンの子孫
藤原太郎道人