親が生きている間は親が「壁」になってくれているので「死」に向き合わなくすむ、と言われる。ぼくの場合は30歳代で「壁」がなくなってしまった。

 "A THOUSAND WINDS"という作者不明の美しい詩に出会ったのは、両親を亡くして間もないころだった。そして95年には『1000の風』という本を作った。

 この何年間か『千の風になって』という歌や本で日本中大騒ぎが起きていたが、ぼくは関わらないようにしてきたし、公の場では発言しないようにしてきた。新井満さんが引き起こしている騒動に巻き込まれたくなかったからだ。

 このところいくらか騒ぎも沈静化してきた様子なので、そろそろぼくも書いておこう。"A THOUSAND WINDS"との出会いについて。新井満さんについても。
 長い話になりそうなので、連載日記になる。
『1000の風』と『千の風になって』 1 (2009.11.11 Wednesday)
南風椎さんブログより転載
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『千の風になって』という歌については、これまで日記でふれたことがない。
秋川さんという人が歌っているとは知っていたが、ちゃんと聞いたことがないし、知らない歌だからだ。テレビで流れてきそうになったら、すぐにチャンネルを変えてきた。
連載を読んでくれていた人なら、ぼくのそんな気持ちがわかってくれると思う。
(中略)
ご覧の通り、CDが入った袋はいまだに封を開けていない。
歌を聴こうなんて気分にはとてもなれないのだ。

『千の風になって』の歌は『哀しみのソレアード』という外国の歌によく似ている、という情報も複数寄せられていた。でも肝心の『千の風』をよく知らないのだから、比較判断もできない。
昨日今日と、歌がきっかけでブログに多くの人が訪ねてくれているので、教わっていた『哀しみのソレアード』のYouTubeを見てきた。
とても美しい歌だった。
ぼくには何もわからないが、似てようと似てまいと、いい歌なので楽しんでください。
『千の風になって』の歌 (2010.09.16 Thursday)
南風椎さんブログより転載
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聴いてみました。
【哀しみのソレアード】

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さすが、電通マン。

とどのつまり、パクリ。

$2丁目の佐藤さん