話の中身が勝手にひとり歩きをすることがある。
多々、ある。
原因はいろいろだろうが、そのひとつにこんなケースがあるのではないだろうか。
話を聞いた人間が理解した内容の印象深かった部分を
自分なりに抜粋して伝える
すると、少し違う内容の話になる
しまいには全く別の話となる。
私はこのようなことがあまり好きではないので
聞いた話はニュアンスを変えず、間違えないように伝えようと努めている。
少し分からない部分は、率直に“その部分はわからない”と伝えるように心がけている。
今回も被災した友人について、似たようなことがあった。
安否が不明だった友人について
被災地から離れているはずである
被災地に留まっているはずだ、など。
最終的には家が全壊したことになっていた。
そして次に、
安否の確認が取れた、
被災地から逃げていた
被災地でガソリンを欲している
被災地に物資を届けようとしている
義援金を募っている
これらには“前提”がある
誰かの身近な人間は全て健在であるということだ。
被災している人がいることも入っていない。
まして安否不明者はいないこともその“前提”に入っている。
知らないのだから仕方がない。
想像もしないから気遣いの言葉などは出てこない。
誰それさんのご実家、あの近辺だったよね?無事だった?
など、他の人の安否など思いつきもしないのだろう。
誰も悪気はないのだ。
回ってきた話を聞いて、被災されているらしい人に対し、
素直に「何とかしてあげたい」、「助けてあげたい」と思っている。
でも、自身が話しているその人の周りの人の知人友人親族にも
現在安否不明者や困っている被災者がいることは現実なのだ。
震災でお亡くなりになられた全ての方に謹んでご冥福をお祈り申し上げます。