shozoのブログ

森山大道の「にっぽん劇場写真帖」、寺山修司率いる天井桟敷を撮った須田一政の写真群、最近では小沢昭一監修「昭和藝能東西」等。

拝見すると分かるように演劇、演芸、その舞台、それに関わる人間は映像である。映像そのものと化するのだから映像である。そして人間だから匂いがある。匂いがある映像である。

ステージの地下倉庫の匂い、ドーランの匂い、衣装の匂い、あるいはストリッパーのフレグランスに混ざる汗の匂い。劇場の一体感とは、その独自の匂いを、皆で「共臭」する時間を持つことでもある。

その匂いはとても魅力的で、観客を虜にするが、出演者にもたまらない、甘美な、居心地の良い匂いであるのだろうと思った劇場があった。

多聞にもれず落語は行っているのですが、事あるたびにフラッシュバックする寄席が先月、浅草東洋館での「エンタメヒットパレード」であった。東洋館は普段、色物と言われる、落語家以外の芸人さん、漫才や、手品やバイオリン芸、風船を使ったエンターテイメント等々、色物専門の劇場なのである。

説明するまでもないですが、過去、東洋館は渥美清、ビートたけし、萩本欽一、きら、星のごとく輝く芸人さんを輩出したフランス座、元ストリップ劇場である。ストリップの間にコントをしていたのである。

学生時代、同級生と連れ立って渋谷の道頓堀劇場に学割で入った事がある。その時、店内アナウンスで「今月から新しい試みとして、ストリップの間にコントをやります」と言っていたので、つまりフランス座を真似しますということだったのだろう。

そのコント、もう現役とは思えない踊り子さんと、若手に仕事を取られて行き場の無いような劇場の身内のおじさんが、戯れてるようなコントで、時代劇ものであった。

さて東洋館での色物の出演者さん、路上や日本各地の劇場で切磋琢磨してきた、匠の技を持つ芸人さんが大半なのですが、どうもその中に、田舎のゴルフ場の従業員の慰安会での出し物のような、ぬる~とした時代劇もののコントをする芸人さんが2組ほど出演した。

なんというか、それはそれで愛らしいというか、苦笑で15分ほど見ていれば終わるのですが、あまりに手品や風船芸と比べて差がありすぎる。それでまだ若ければ「駆け出しかな?」なんて思うのですが、あまりに、あまりにもおじさんであった。・・と、深く考えることなく気付いた。

「もしかして、ココで、数十年間このコントをやっているのか・・・?こ、この芸で・・・」

ダメだとかつまらないという事を言いたいのでなくて、まさしく「こ、この芸で、十数年間・・ビートたけしと同期?」なんて思ったりして、若いころは踊り子さんの使い走りをしたり、お金なくて天丼なんか奢ってもらったり、こっそり付き合っちゃったり、したんだろうな・・と思うと、楽しいような、悲しいような、郷愁のような、はかないような、織り交ざった感情に襲われた。

あるいは自分の姿をそのおじさん達に見出してみたりして、全ては想像だが、きっとこの劇場の居心地が良すぎて(あるいはどこにも行けなくて)、さらに今はなき踊り子さん達の匂いと別れ難くて、毎日ココに出演しているんだろうなと思うと、また、楽しいような、悲しいような、郷愁のような・・・という心境がエンドレスでフラッシュバックする。

同じ気持ちを味わえると思うので、気になった方は行ってぜひ観てもらいたい「あっ!この人達かな?」と火を見るより明らかである。

その日は落語家も含めて総勢40名以上の出演があったのですが、印象深かった芸人、キ-ボ-ド漫談の「牧田博」。子供の時、お笑いスター誕生でみていました。ぱっと見は普通のおじさんなのですが、非常に堂々して、厳しいような印象を与えつつ、急に歌いだしたりして、落差が楽しい、浅草にマッチしていると思った。

もう1人「こけし達」これは見ないと伝わらない内容ですが、観客からは笑い声一つ、セキ一つ上がらない、芸が始まると「シーーーーーン」とする、その関係性が可笑しくてしょうがない、笑うと、その薄氷のような均衡が崩れると思い、我慢するのが辛い。

で、あとで知ったのですが「こけし達」という芸人、モーニングで連載されていた「もうおれハエでいいや」の作者、「大ハシ正ヤ」とのこと。そんな発見もある。

あと「くされカナブン」なかなかショッキングな芸名である。

「すわ親治」「グレート義太夫」といったお馴染みの、方々から「牧伸二」なんて大御所を二千数百円で見れる東洋館、醸し出される匂いは東洋一、濃いと思いました。

HPを見ると、運営スタッフのボランティアを募集している、アタシも楽屋の匂いを嗅いでみたいな・・、と、とりあえずA子には黙っておこう。
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森山大道の「にっぽん劇場写真帖」、寺山修司率いる天井桟敷を撮った須田一政の写真群、最近では小沢昭一監修「昭和藝能東西」等。

拝見すると分かるように演劇、演芸、その舞台、それに関わる人間は映像である。映像そのものと化するのだから映像である。そして人間だから匂いがある。匂いがある映像である。

ステージの地下倉庫の匂い、ドーランの匂い、衣装の匂い、あるいはストリッパーのフレグランスに混ざる汗の匂い。劇場の一体感とは、その独自の匂いを、皆で「共臭」する時間を持つことでもある。

その匂いはとても魅力的で、観客を虜にするが、出演者にもたまらない、甘美な、居心地の良い匂いであるのだろうと思った劇場があった。

多聞にもれず落語は行っているのですが、事あるたびにフラッシュバックする寄席が先月、浅草東洋館での「エンタメヒットパレード」であった。東洋館は普段、色物と言われる、落語家以外の芸人さん、漫才や、手品やバイオリン芸、風船を使ったエンターテイメント等々、色物専門の劇場なのである。

説明するまでもないですが、過去、東洋館は渥美清、ビートたけし、萩本欽一、きら、星のごとく輝く芸人さんを輩出したフランス座、元ストリップ劇場である。ストリップの間にコントをしていたのである。

学生時代、同級生と連れ立って渋谷の道頓堀劇場に学割で入った事がある。その時、店内アナウンスで「今月から新しい試みとして、ストリップの間にコントをやります」と言っていたので、つまりフランス座を真似しますということだったのだろう。

そのコント、もう現役とは思えない踊り子さんと、若手に仕事を取られて行き場の無いような劇場の身内のおじさんが、戯れてるようなコントで、時代劇ものであった。

さて東洋館での色物の出演者さん、路上や日本各地の劇場で切磋琢磨してきた、匠の技を持つ芸人さんが大半なのですが、どうもその中に、田舎のゴルフ場の従業員の慰安会での出し物のような、ぬる~とした時代劇もののコントをする芸人さんが2組ほど出演した。

なんというか、それはそれで愛らしいというか、苦笑で15分ほど見ていれば終わるのですが、あまりに手品や風船芸と比べて差がありすぎる。それでまだ若ければ「駆け出しかな?」なんて思うのですが、あまりに、あまりにもおじさんであった。・・と、深く考えることなく気付いた。

「もしかして、ココで、数十年間このコントをやっているのか・・・?こ、この芸で・・・」

ダメだとかつまらないという事を言いたいのでなくて、まさしく「こ、この芸で、十数年間・・ビートたけしと同期?」なんて思ったりして、若いころは踊り子さんの使い走りをしたり、お金なくて天丼なんか奢ってもらったり、こっそり付き合っちゃったり、したんだろうな・・と思うと、楽しいような、悲しいような、郷愁のような、はかないような、織り交ざった感情に襲われた。

あるいは自分の姿をそのおじさん達に見出してみたりして、全ては想像だが、きっとこの劇場の居心地が良すぎて(あるいはどこにも行けなくて)、さらに今はなき踊り子さん達の匂いと別れ難くて、毎日ココに出演しているんだろうなと思うと、また、楽しいような、悲しいような、郷愁のような・・・という心境がエンドレスでフラッシュバックする。

同じ気持ちを味わえると思うので、気になった方は行ってぜひ観てもらいたい「あっ!この人達かな?」と火を見るより明らかである。

その日は落語家も含めて総勢40名以上の出演があったのですが、印象深かった芸人、キ-ボ-ド漫談の「牧田博」。子供の時、お笑いスター誕生でみていました。ぱっと見は普通のおじさんなのですが、非常に堂々して、厳しいような印象を与えつつ、急に歌いだしたりして、落差が楽しい、浅草にマッチしていると思った。

もう1人「こけし達」これは見ないと伝わらない内容ですが、観客からは笑い声一つ、セキ一つ上がらない、芸が始まると「シーーーーーン」とする、その関係性が可笑しくてしょうがない、笑うと、その薄氷のような均衡が崩れると思い、我慢するのが辛い。

で、あとで知ったのですが「こけし達」という芸人、モーニングで連載されていた「もうおれハエでいいや」の作者、「大ハシ正ヤ」とのこと。そんな発見もある。

あと「くされカナブン」なかなかショッキングな芸名である。

「すわ親治」「グレート義太夫」といったお馴染みの、方々から「牧伸二」なんて大御所を二千数百円で見れる東洋館、醸し出される匂いは東洋一、濃いと思いました。

HPを見ると、運営スタッフのボランティアを募集している、アタシも楽屋の匂いを嗅いでみたいな・・、と、とりあえずA子には黙っておこう。