「また逢う日まで」


1971年3月に発売され大ヒットした曲です。歌ったのは「KIEYO(キーヨ)」の愛称で親しまれた尾崎紀世彦さん。
音楽にはまだ興味さえ持っていなかった小学校5年生の私でも、他の歌謡曲とは一線を画した「垢ぬけて洋楽的な」この曲にはすぐに惹かれましたね。でも、それよりも数十年たってバンドマンになってから改めて聴き直してみたときの衝撃といったら……。

「えっ! こんなに完成度の高い洗練された曲が1971年にもうあったんだ!」

本当にびっくりしました。
ホーンセクションによる印象深いイントロ、洒落たコード進行、「もしかしてモータウン意識しました?」と尋ねたくなるような(笑)ソウルフルなアレンジ。そして何よりも、パワフルで伸びのあるKIEYOの迫力満点のボーカルにノックアウトされました。

 

加えて言うならば、尾崎さんには、後年この曲を歌われても単なる「ナツメロ」ではなく、その時の「今」を感じさせるような歌に進化させているなぁ、とつくづく感心させられました。「ずっと現役」でいる覚悟が伝わってくる感じがしましたよ。

「また逢う日まで」は、稀代のヒットメーカーコンビとなる阿久悠さん(作詞)と筒美京平さん(作曲)が初タッグを組んだ曲としても知られています。

同曲は、今では日本を代表するスタンダードポップスですが、すんなりと世に出てきたわけではなく、紆余曲折を経て誕生しました。もともとは三洋電機のエアコンのCM用に筒美さんが作曲。作詞は「アンパンマン」作者のやなせたかしさんでしたが、スポンサーの意向でボツに。その後仕切り直しで、阿久さんが詞をつけて「ひとりの悲しみ」(ズー・ニー・ヴー)として発売されましたがヒットしませんでした。

しかし、メロディの良さに惚れ込んでいた音楽プロデューサーが、書き直しを嫌がる阿久さんを説得。タイトルと詞を変えて『また逢う日まで』として甦り、オリコンシングルチャートで1位を獲得、初めて日本レコード大賞日本歌謡大賞をダブル受賞する大ヒット曲となったのです。

1977年には、日本初開催となった「ワールドカップバレー」のテーマソングに選ばれました。

2007年には、クレイジーケンバンドがカバーしています(アルバム『筒美京平 トリビュート the popular music』収録)

1971年、昭和46年と言えば、第48代横綱・大鵬が引退を表明し、マクドナルド日本第1号店が銀座にオープンしました。プロ野球オールスターゲームで、阪神の江夏投手9連続奪三振を達成したのもこの年でした。
 

 

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ジャケット1

 

ジャケット2