本来全ての出来事は中立です。良くも悪くもないのです。これは良く言われることですね。

でも、なんで?こんなに苦しいのに?
このことを納得のいくように説明をしてくれることは少ない気がします。というか見たことないです。
そこで、そのなんで?を解き明かそうと思います。
結論から言えば、全てが中立、すなわち調和する視点は、超ビックスケールで考えることです。


悪いことというのは、例えるなら、ある山のふもとから、登るのが大変そうだとか、岩ばかりで危なそうだとか、山があるせいで日陰になってジメジメするとか、移動しにくいとか、感じることです。

同じ山を空から見ると、そんなことはどうでも良くなります。この山があるからこの川があって、水が飲めて、内陸でも魚が食べられるんだとか。もっと大切な恩恵に気づくことになります。

すると、少し不便だからといって、自分たちを生かしてくれている山を邪魔だとは思ったりしないはずです。住み難いなら自分が住みやすい場所へ移動すればいいのです。山に文句を言っても始まりません。そう、そこに調和を見つけるのです。


低いところに焦点を合わせれば、全ては悪いものに見えたりします。
高いところに焦点を合わせれば、悪いことは調和の中に消えていきます。

前者の視点で生きていれば、この世は地獄になり。
後者の視点で生きていれば、この世は天国になります。

この世で幸せを謳歌したいのなら、大きなスケールに焦点を合わせることです。
そのためには、まず自分が物事をどう見てるか気づくことです。

どう見えているか知るためのテストは簡単です。
何かを見て、楽観的に、陽気に、楽しく、感じられなければアウトです。
あなたはその事柄のマイナスに焦点をあてて、マイナスのエネルギーを取り入れています。(山の不便さを嘆いて、恩恵に目がいかない状態です。)

「この事物は家族に、地域全体に、国全体に、人類全体に、地球全体に、どう影響を与えているのか?」ということを考えましょう


例えば、誰もが不老不死になったらどうなるでしょう?
特定の誰かだけが不老不死になることはありえません。誰かができたことは、必ず別の誰かにもでき、それが全体に波及していくのです。それが人類の仕様だからです。

まず、生物の大本命である遺伝子の変化がなくなります。
これはすなわち、環境へ適応できなくなることであり、生物の最大の長所を失うことになります。
すると環境の変化に適応できず人類は完全に絶滅します。死なないことが結果的に種としての死をもたらすのです。
もっとも、環境の変化に適応するのに自然な遺伝子の統廃合が必要ないレベルまで進化すれば、不老不死も可能です。(その頃は死を恐れる必要もなくなっていることでしょうが。)いまはまだ種の生存のために不可逆的な個体の死が不可欠というだけです。


大切なのは、今あるがままで全ては調和しているということです。
一見悪いことに見えても、決して宇宙の法則に逆らってはいません。
我々が進化していると思っている物事も、宇宙というステージの上で物事を右から左に転がして遊んでいるに過ぎません。その遊びを通じてこのビックバンから生まれた宇宙の「己を知る」という使命を果たしているのです。
この宇宙の使命から全てを見たとき、全ての物事に調和が生まれます。
例えば、いますぐ地球が太陽に激突して消滅しても。なんの問題もありません。

全ては何の問題もないのです。
ただ、我々が悲しいのは嫌だ!不幸は嫌だ!と叫ぶから、マイナスの視点はやめてプラスの視点で見ようというだけなのです。

そのためには今よりもうちょっとスケールの大きな視点が必要とされています。
個人や国家や地域から離れて、人類全体としてどうか?という視点です。
大きく考えれば大きく考えるほど、悩みや不安や恐怖は統合され調和の中に消えてゆきます。

あらゆる不幸や悲しみと決別したければ、より大きなスケールで物事を考えればいいんです。
これは全ての悪いように見えるできごとにも、世の中をもっと貢献したいと考えるときにも使えます。



いい職がない?これは日本全体で見たときどういうことか考えればいいでしょう。
つまり今ある仕事には、今と同じやり方ではもう貢献することがあんまりないのです。全体的に企業の利益率が低いこともこれを示しているでしょう。利益が低いということはそんなに役に立っていないということです。
本当に役に立つなら、価格競争などの小さな争いは不要のはずです。つまり新しい価値のある仕事を生み出すこと、問題という名のチャンスをモノにすることで解決します。
できないなんてことはありません。これはまた次の機会にお話しましょう。


どうでしょう?少しはヒントになったでしょうか?




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