上田秀人「地の業火」「暁光の断」・・・勘定吟味役異聞5,6巻 | 洋楽と脳の不思議ワールド

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半年に1冊の割りで刊行されているこのシリーズも、ついに今年刊行の第6巻まで読み進めてしまった。
再度おさらいをしておくと、舞台は綱吉の跡を受けた第6代将軍家宣、その子の7代将軍家継の時代、18世紀前半だ。
主人公の水城聡四郎は打算のない剣一筋の真っ直ぐな若者。
対して、周囲にうごめく敵対者はエゴ丸出しの打算家ばかり。
いずれも権力に取りつかれた亡者達ばかりだ。
最大の敵は綱吉時代の大老柳沢吉保。
息子、実は綱吉の遺児、吉里を8代将軍につけるべく権謀術数をたくましくしている。
綱吉時代の清算を図った家宣に退けられて引退しているが、幕府内部に隠然たる影響力を維持している。
吉保を財政的に支えているのが豪商紀伊国屋文左衛門。
が、文左衛門は海外交易を夢見ており、吉保とは少し距離を取り始めている。
8代将軍の座を狙っているのは他に2人、尾張の徳川吉通(よしみち)、紀州の徳川吉宗。
家継は4歳の将軍。
お守役が実権を握るのは当然で、その守役が真部詮房(あきふさ)。
家継の母、月光院とは不義の関係にある。
譜代の幕臣ではないので、足元が弱く、家継の成長が頼みの綱。
同じように足元の弱い新井白石とは同盟関係にある(信頼関係はゼロだが)。
権力に憑かれた白石によって、手足となるべく勘定吟味役に抜擢された聡四郎だが、自分の頭で考える、つまり成長し始め、今では白石と距離をとる間柄となっている。
そんな聡四郎を支えるのが、町方の娘ながら彼を慕う紅(あかね)、その父で江戸1番の人入れ屋(人材派遣業者)の相模屋伝兵衛、剣の師入江無手斎、弟弟子で、聡四郎の家士となった大宮玄馬らだ。
さて、第5巻「地の業火」だが、この巻だけちょっと趣きを異にしている。
中休み、とでも言ったらいいのだろうか。
舞台が江戸を離れて東海道筋、京都へと飛ぶのだ。
というのも、尾張の吉通が急死するのだ。
愛妾に毒を盛られたのだが、裏で手を引いたのは吉保。ライバルを減らすためだ。
手ごまのいない白石は、聡四郎に真相究明を命じ、愛妾の出身地京都まで出向くことになる。
聡四郎に同行を願ったのが敵であるはずの紀伊国屋文左衛門。
紀伊国屋は若く、真っ白な聡四郎がこの先どんな絵を描くのか興味を抱いたのだ。
そして「海外」という夢を語り、武士ではなく町人、商人の世がいずれやってくると諭すのだ。
因縁のある尾張家の刺客に襲われたさい、助け船を出すのが紀伊国屋なら、その紀伊国屋が京都では聡四郎を襲うよう使嗾するのだ。
このあたり、紀伊国屋の真意が奈辺にあるのか未だ定かではない。
入江無手斎と浅山鬼伝斎の宿命の対決がこの巻で叙述される。
無手斎が勝利するのだが、右手の腱を切られ、以後は剣を握れない体となってしまう。
この作家の特徴である剣戟描写は、迫真に継ぐ迫真で、この決闘シーンなぞ鳥肌モノ。
剣豪小説ファンでなくともうなること請け合いだ。
07年7月刊。

第6巻「暁光の断」は大奥女中絵島と歌舞伎役者生島の起こした絵島・生島事件から始まる。
城外で逢引し、門限に遅れたとして高遠に流罪になった史上有名な事件だ。
絵島は月光院付の上臈。
大奥は巨大な力を有しており、月光院=真部詮房ラインを崩すために柳沢吉保が仕組んだ罠、というのが上田秀人の着眼。
例によって白石から真相究明を命じられるのだが、白石の理不尽な罵倒に、聡四郎が初めて口応えする。
さらに紀州吉宗のもとへ、自ら正月年始に伺うのだ。
少しだけ大人になったということのようだが、打算ではない。
聡四郎は聡四郎なりに、吉宗という人物に興味が湧いたからだ。
ここまで紅と聡四郎の仲は遅々と進まなかったのだが、この巻で進展。聡四郎は、嫁にする意志を明らかにする。
一方、柳沢吉保は体調が衰え、死期が近いと悟る。
時間がないと知った吉保はライバルの吉宗も除こうと動き出す。
吉宗は次期将軍位を目指して着々と布石を打っており、次巻以降、物語は大きく動くはずだ。
仇敵永渕啓輔と初めて剣を交えており、初戦は聡四郎の判定負け。
こんな恐ろしい敵のほかに、吉宗の近習、玉込め役(後のお庭番)川村仁右衛門という新たなライバルが登場してくる。
聡四郎も玄馬も永渕啓輔以上の力量と感じる恐ろしい男。この先どうなるんだろう。
どうなるんだろうといえば、吉保に命じられて、吉宗を鉄砲で狙うべく手配するのが紀伊国屋なら、それとなく聡四郎に知らせて阻止させるのも紀伊国屋。
ますます佳境に入ってきた。
08年1月刊、光文社文庫。