スーパー・ギター・トリオ・・・ライヴ | 洋楽と脳の不思議ワールド

洋楽と脳の不思議ワールド

マイナーな60年代ビートミュージック。駄洒落小話。写真と読書感想がメインのブログです。

イメージ 1

このアルバムがCBSから発表された81年当時、アル・ディ・メオラ、ジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシアといえば、知らぬ人はいないスーパー・ギタリストだった。
この3人が一堂に会して、前年(80年12月15日)シスコでコンサートを行ったというニュースに、日本の音楽ファンはみんな切歯扼腕したものだ。
嬉しいことに、その時のライヴがレコード化され、遅れ馳せながら、彼らの凄まじいプレイを堪能できるようになった。
タイトルは Friday Night In San Francisco 。
A面に2曲、B面に3曲収録されており、B面最後の「ガーディアン・エンジェル」という曲のみがスタジオ録音だ。
ステージはこの3人のアコースティックギタープレイのみで、エレキは勿論他の楽器も一切使用されていない。
Paco De Lucia は12歳で初レコーディングを行ったというフラメンコギターの天才で、この時既に巨匠と言われており、3人同格なんだけど、音楽を聞く限り、他の2人が敬意を払っているように思われる。
年齢的に言えば、John MacLauhlin が最年長(42年生まれの英国人)。
パコは47年生まれのスペイン人。
Al Di Meola は54年生まれの米国人。
ジョンは69年に渡米し、マイルス・デイヴィスに認められて In A Silent Way や Bitches Brew・・・Jack Johonon など5枚のアルバムに参加している。
マイルスはジョンのプレイを「奥深い」と評していたそうだ。
彼は71年か2年ごろにヒンドゥー教に改宗し、Mahavishnu John MacLaughlin と名乗るようになり、マハヴィシュヌ・オーケストラという自身のバンドを結成する(75年解散)。
ジャズとロックとインド音楽をミックスしたような荒々しく不思議な音楽を演っており、「火の鳥」というアルバムをボクは1枚だけ持っている。
一方、アルの方は74年に19歳でチック・コリアの第2次 Return To Forever に参加。
驚異の超絶技巧ギタリストとしてシーンに登場。衝撃を与えている。
この当時のジャズはフュージョン全盛時代で、2人はフュージョン界のスターギタリストだった。
この3人のライヴなんだから半端じゃない。
最初から最後まで、身の毛のそそけ立つようなプレイを聴かせてくれる。
5曲のうち、3曲は2人づつの組み合わせによるプレイ。残り2曲が3人のプレイだ。
曲は全て3人のオリジナルで、フラメンコテイストに溢れた作品ばかりだ。
左右のチャンネルから流れてくる各人のプレイが分かったので記しておく。

A面 1 Mediterranean Sundance/Rio Ancho(地中海の舞踏/広い河)
左チャンネル=パコ・デ・ルシア
    右チャンネル=アル・ディ・メオラ
   2 Short Tales Of The black Forest(黒い森)
   左=ジョン
    右=アル
B面 3 Frevo Rassgado(フレボ)
    左=ジョン
    右=パコ
   4 Fantasia Suite(幻想組曲)
    左=パコ
    中=ジョン
    右=アル
   5 Guardian Angel(ガーディアン・エンジェル)
    左=パコ
    中=ジョン
    右=アル    

1番のお勧めはアル・ディ・メオラが作曲した1曲目。渇いた感じの叙情的な作品で、11分34秒の演奏。
96年に再結成されて世界ツアーを行っており、この時来日したのだけど、ボクは行けなかった。残念無念。
ひとつ付け加えておくと、このプロジェクトのキッカケになったのは前年(79年)にアルの代わりにラリー・コリエルの加わったスーパー・トリオが成功したからなんだそうだ。
このトリオの音は聴いてないので、なんとも言えないのだけど、高校時代産まれて初めて買ったジャズのレコードがハービー・マンの「メンフィス・アンダーグラウンド」。ここでギターを弾いていたのがラリーコリエルだ。
ボクは大好きなアルバムだったのだけど、サム・アンド・デイヴの「ホールド・オン」まで入っていたせいか、当時の石頭ジャズファンからはロックとみなされており、ジャズ喫茶でリクエストしようものなら叩き出されたものだ。
現在はCDですべて聞けます。