| 相模原病院では日本で花粉症が報告された1963年よりも前から、スギ・ヒノキ花粉の飛散量データを取り続けている。今年はその長い期間の中でも最大級の飛散が予想されている。花粉所研究の専門家が語る2011年型花粉症の傾向と対策に迫る。 |
過去最大級と言われるスギ花粉の大量飛散が、すぐそこまで迫っている!
ただ、正直なところ、「過去最大級」とか、近畿地方では前年の10倍などと言われても、それがどれほどのことなのか、いま一つピンとこない。
【詳細画像または表】
そういうときは専門家に話を聞くのが一番!ということで、独立行政法人国立病院機構相模原病院の臨床研究センターアレルギー性疾患研究部の花粉症研究室長として花粉症の研究に携わる石井豊太地域医療情報部長のもとを訪ねた。
今年のスギ花粉の飛散量は過去最大級と予測されているが、それはどれほど大量なのか?。
「最新の予測では、2005年よりは少ないが、1995年よりは飛ぶ、過去2番目の多さと言われています」(石井部長)。
その説明でもまだ実感が持てないでいると、石井部長は「ここ15年と、それ以前の30年とでは、花粉の飛散量の基礎レベルが全然ちがうんですよ」と言いながら、グラフを見せてくれた。1965年以来、過去35年間にわたるスギ・ヒノキ花粉の飛散量を調べたものだ。実は相模原病院では日本で花粉症が報告された1963年よりも前から、こうしたデータを取り続けていたのだ。
石井部長の言葉通り、1995年以降は、それ以前に比べてスギ花粉の飛散量がまさしく“桁違い”だった。
相模原市におけるスギ・ヒノキ花粉飛散の年次推移
それにしても、35年間のスギとヒノキの花粉の飛散量の推移が一目でわかるなんて、すごいグラフだ。どうやってデータを取ったのか。
「では、見に行きましょう」と石井先生に案内されたのは、スタッフしか立ち入れない場所だった。
花粉の飛散量を計る機器は、相模原の町を一望できる病院の屋上にあった。
ダーラム型花粉捕集器
石井部長は、計測器に歩み寄ると、2枚の円盤の間を指差した。
「ここに24時間置いたスライドグラスに付着した花粉の数を数え、毎日記録するんです」
具体的には、花粉の専門家が、毎日、このスライドグラスでつくったプレパラートを顕微鏡で覗き込み、カウンター片手に野鳥の会よろしく花粉をカウントするのだという。
「プレパラートにはいろんなものが入っています。そんな無数の対象物の中から花粉を選びだし、さらに、スギ花粉以外にも、素人にはほとんど見分けのつかないヒノキ花粉やブナ花粉、イネ花粉など、花粉の判別まで行いながら、1つひとつ数えます」
1cm×1cmのプレパラートの中に花粉が1個でも見つかると、その日が「花粉飛散日」になる。
「1cm×1cmで1個というと、1m×1mのざぶとん大では1万個の花粉がそこに落ちたことになります。それが去年のスギ花粉の最大飛散の日には1cm×1cmの範囲に240個にもなり、過去最大の飛散だった2005年には1000個以上の日が3日もありました」。去年のように1日数十個ならまだ目も追いつくが、500個、1000個ともなると、花粉同士が重なりさらに判別が難しくなる。1つのサンプルの中を目で追うだけで何時間もかかる作業を毎日やって初めて、これらのデータになっているのだ。
2000年を境に飛散量を比較すれば、花粉症の低年齢化の謎が解ける
過去の花粉量の記録の取り方はわかった。
では、どうやって“予測”するのだろうか?
「花粉の飛散には地域特性があります。関東甲信越はスギ、関西地方はヒノキが多いなど、地域によって飛ぶ花粉の種類や量がちがいます。それらを考慮した上で、前年の夏の気象条件から、その年の花粉の飛散量が予測されます」
スギやヒノキの花芽の成長には、7月、8月の日照量(天気の良さ)や気温などの気象条件が大きく影響し、一般的に、猛暑だと花芽がよく熟すると言われている。
「さらに、各地域に指標となる木が設定されており、秋、その木に花芽が多くついているか、成熟しているかなど、実際に目で確認する調査も行われます。この気象条件と指標となる木の花芽の調査という2つの要素をもとに、翌春の花粉の飛散量を予測するのです」
その方法で予測した結果、今春はかなりの大量飛散になりそうだと?
「昨年の夏があまりにも猛暑過ぎて、一部の花芽は熟し過ぎ、花粉を飛ばせないくらいに変形しているという調査結果でしたので、最新の報告では『過去最大』から少し下方修正されて、『過去2番目』という予測になりました」
過去最大ではないとしても、あのグラフの1995年より多いと考えれば、「過去2番目」がどれほど大量か、容易に想像できる。
そうなると“花粉症持ち”として最も気になるのは「花粉が多いと症状も重くなるのか?」ということだ。
「花粉症の発症には“IgE”という抗体が関係しているのですが、花粉が大量に飛んだときに体内のIgEの量を計ると値が高くなると言われています。実際、過去最大となった2005年には、神奈川県で開業されている耳鼻科の病院に患者さんが押し寄せ、薬がなくなったくらいです」
それは、もともと花粉症だった人の症状を悪化させたことに加え、多くの「花粉症デビュー」をもたらしたからだという。
「花粉症の人の場合、スギ花粉が体に入って来たとき、そのタンパク質を異物(抗原)と判断し、IgEという抗体をつくります。よくバケツにたとえられますが、IgEが増え、体内のバケツが一杯になって溢れ出すと、アレルギーが発症すると模式的に説明されます。つまり、今までバケツにあまり溜まっていなかった人も、今年のように花粉の飛散が非常に多くなると、抗体がどんどんできて、あるレベルを超えたとき“花粉症デビュー”となる……そういう患者さんが、2005年には、ものすごく多かったんですよ」
これらの大量飛散や、1995年以降に花粉の飛散量のレベルが上がっていることは、さらに新たな問題も生み出していた。
今年の大量飛散による花粉症の特徴を尋ねると、石井部長は驚くべき傾向について指摘した。
「2005年と現在とで様子が変わって来ているのは、小学生でもかなりの数が発症するなど、花粉症の低年齢化が顕著になってきていることです」
なぜだろう?
その理由は、最近の花粉の飛散量と関係していた。
「ここ10年ほど、花粉の飛散量が非常に多いので、曝露量も多くなり、それだけ体の中のIgE抗体の反応が早く進んでしまったことが考えられます。たとえて言うなら、蛇口がいっぱいにひねられているので、バケツの水が早くこぼれ出したということです」
確かに、グラフを見れば、2000年から4年連続で大量のスギ花粉が飛んでいるし、2005年には過去最大を記録している。これら5年間の飛散量だけでも、1965年から1994年までの30年間の総飛散量を超えていそうだ。
そうなると、1999年に生まれた今の小学6年生たちは、生まれてから大半の時間をスギ花粉の大量飛散とともに過ごして来たので、より早くバケツが一杯になるわけだ。
ここ5年の特徴的な推移が、今年の大量飛散の脅威を高める
さらに、このグラフからは、もう一つ、今年の大量飛散の怖さを示す重要な条件が見えて来るのだという。
ポイントは、2006年から右肩上がりに増えていったスギ花粉の飛散量が、昨年、急激に減った点だった。
「花粉症の場合、重症な人は少量の花粉でも症状が出ますが、通常は、ある程度の花粉の曝露がないと出ない。ですから、2005年の大量飛散の翌年や去年のように花粉がそんなに飛んでいないと『治ったのかな?』と思ってしまうんです」
つまり、症状が抑えられただけなのに、花粉症が治ったと誤解してしまう。
「ですから、前年の花粉の飛散が少ないうえに、過去2番目の大量飛散となる今年は、余計に危険なんです」
今年の大量飛散が怖いということはわかった。
じゃあ、私たちは、いったいどうすればいいの?
「まずは、まだ花粉症を発症していない方々に、花粉症のアレルギーをお持ちかどうか、調べてもらいたいですね」
すでに花粉症を発症している人は、黙っていても病院で薬をもらうなど対処するけれど、今年がデビューになる人の場合、何の準備もなしに、発症していきなり大量の花粉を浴びることになるので、とても危険なのだという。
「ですから、家族に花粉症歴がある、喘息やアトピー性皮膚炎など他のアレルギー歴がある、毎年この時期になるとくしゃみや鼻水や目のかゆみなどの症状があるといった方々は、花粉症を発症する可能性が高いですから、お医者さんに相談し、検査することをお薦めします」
では、検査で判明したニューカマーも含めて、花粉症の人たちは、今年の花粉の大量飛散に対して、どんな対策をとればいいのか。
「まず『抗原の回避と除去』、つまり花粉をなるべく遠ざけることです。具体的には、マスクや花粉対策用メガネで花粉が体内に入ることを回避したり、空気清浄機によって室内の花粉を除去したりする」
スギ花粉の回避・花粉情報に注意する。・飛散の多い日は、外出を控える。・飛散の多い日は、窓、戸を閉める。・飛散の多い日は、外出時、マスクやメガネを使う。・表面がケバケバした毛織物など、花粉の取れにくい素材の衣服の着用は避ける。・帰宅したら、洗顔、うがいをし、鼻をかむ。
マスク選びのポイント・花粉がよくとれて、しかも息がしやすいものを選ぶ・装着した際、顔面との間に隙間ができにくい立体型のものを選ぶ・同じマスクを長時間しようすると、最近が増殖する場合もあるので、使い捨てのマスクを選ぶ
空気清浄機の効果 屋内の花粉を減少させるためには、こまめに掃除するとともに、空気清浄機を利用しての除去も有効である。最近の空気清浄機は、過去最大だった2005年当時よりも技術的に進化したものが多いので、さらなる効果が期待されている。 (*空気清浄機と花粉の関係については前回の記事『空気清浄機は花粉にどれくらい効くか?放電、励起窒素、アレル物質不活性化の関係を探る~もっと知りたい花粉の話【第2回】』を参照)
「そして、次に重要なのは『薬による初期治療』です。量は少ないですが、関東甲信越では、2005年のときも前年の秋からスギ花粉が飛んでいましたし、今年も去年の秋からすでに飛んでいます」
じゃあ、1月下旬からでは、もう遅かったの?
「明確な症状が出るほど花粉が飛び始めるのは『2月の中旬くらい』と予測されています。その時期を迎える前に、ある程度の量の花粉が来ても炎症を起こさないよう、アレルギーに関わっている肥満細胞の安定性を高めたり、好酸球が流出しないようにするなど、薬を使ってあらかじめ準備しておくのが『初期治療』なのです」
やっぱり「花粉が本格的に飛び始めてから」ではなく、「飛び始める前」というのが大事なのは、どうしてですか?
「顕著な症状が出る前に、薬を投与しておくと、花粉症の症状が軽くてすむからです。平たく言えば、重症になっている患者さんよりも、症状が初期段階の患者さんの方が、薬の効きもいいのです」
ヒノキが招く長期化も、今年の花粉の大量飛散の特徴
しかも、今年の花粉症に関しては「長く続く」という特徴もあるのだという。
「調査の結果、ヒノキが花芽を多くつけていたので、ヒノキ花粉もかなりの量が飛ぶと考えられています。ヒノキは花粉を飛ばす時期がスギよりも遅いですから、今年の花粉症は、症状のひどくなる時期がいつもより長期化して、ゴールデンウィークくらいまで続くと予想されています」
2010年スギ・ヒノキ花粉飛散状況
「花粉の大量飛散」に加えて「長期化」というダブルの悪条件が揃った今春の花粉症に対して、我々はどのような対策をとればよいのか、石井部長に尋ねた。
「長期化ということもあるので、大量飛散が本格化する直前の今が一番大切です。まだ何も対処していない人はできるだけ早くお医者さんに相談して、薬をもらうなどの対策をぜひ取ってください」
では、このスギ・ヒノキ花粉の大量飛散を乗り越えるために、病院ではどんな薬が用意されているのだろうか?
「今は『オーダーメイド治療』といって、たくさんあるアレルギー薬の中から、患者さん一人ひとりに合った薬を選ぶことがポイントとされています」
石井部長の説明によると、花粉症の患者は「鼻はぜんぜんつまらないけれど、くしゃみ、鼻水が辛い」という「くしゃみ・鼻水型」、「くしゃみや鼻水は出ないが、鼻がつまって苦しい」という「鼻閉型」、そして、それらすべての症状がある「充全型」の3つに大きく分けられるという。それらのタイプ別に、薬も選ばれる。
「肥満細胞から出るヒスタミンが鼻水やくしゃみを誘発するので、『くしゃみ・鼻水型』の患者さんには抗ヒスタミン剤が投与されます。また、ロイコトリエンという化学伝達物質は鼻の内側をうっ血させる薬理作用を持っていて、これがより鼻をつまらせます。そこで『鼻閉型』の患者さんには抗ロイコトリエン剤を使ってもらう。『充全型』だと抗ヒスタミン剤と抗ロイコトリエン剤を併用します。ですから、医者が患者さんから一番言ってもらいたいのは『自分がどういう症状なのか』ということなんですよ」
ただし、今年のように花粉が大量に飛散した場合、これまでの薬だけでは不十分になる可能性もあるという。
「ですから、ガイドラインではまだファーストチョイスではないんですが、喘息の治療ではほとんどファーストチョイスになっている『局所ステロイド』も選択肢の一つに入って来ると思います。鼻の中に噴霧するタイプの薬です。『ステロイド』と聞くと『副作用が強くなるんじゃないか』と思う人もいるかもしれませんが、確かに、ごくまれに成長障害を起こすという報告はあるけれど、通常の大人が、花粉症対策として2~3カ月使用する分には、ほとんど問題ないと考えています」
最後に、花粉症研究の第一人者として、読者に「花粉の大量飛散」を乗り越えるためのアドバイスをお願いした。
「まず、花粉に近づかないこと。これが大切です。そして、もっと大事なのは、体調を整えること、無理しないことです。ほどよい睡眠とほどよい運動が花粉症対策には一番いい。風邪をひいたり、インフルエンザにかかってしまうと、鼻粘膜が弱ってしまうため、免疫力が弱って、具合が悪くなる。同じ量の花粉を浴びても、体調の悪い人の方が、より症状がひどくなってしまうのです」
過去最大級の花粉の大量飛散や、アジュバント物質(*)による凶悪化に対抗するうえで、最も強力な対策となるのは、自分の体調を良好に維持することだった。
結局、何よりも“健康”が一番の強い味方なのだった。
(文/佐保 圭=フリーライター)
(*)アジュバント物質については前々回『アジュバントが凶悪化させた“都会の花粉“が“田舎の花粉”よりヤバイ理由~もっと知りたい花粉の話【第1回】』を参照
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