エレファント・マン奇病により「象人間」と呼ばれた実在の人物をモデルにした映画。名匠デヴィッド・リンチ監督が人間のあり方を問いかけたシリアスな内容だった。・・・そんな映画の内容とは裏腹に、子供達の間では紙袋をかぶる「エレファントマンごっこ」が流行。そう、あれは昭和56年の頃。
ウィー・アー・ザ・ワールドライブ・エイドは、アフリカ飢餓難民救済のための史上最大のロックコンサート。ロンドンとフィラデルフィアの会場から16時間も衛星中継された。寄付金総収入は130億円だったそうな。2010年、ハイチ救済で新バージョンが登場したけれど・・・変わらないね、この唄も、アフリカも。そうあれは、昭和60年の頃でした。
ルービック・キューブハンガリーのエルノ・キュービック博士が考案した立体パズル。最近またリバイバルで見かけるようになりましたが、ブームの頃は、そこかしこでカチャカチャ聞こえたものでした。各面9つの正方形からなる六面体が基本ですが、今では沢山のバリエーションが登場しているみたいです。ワタシはせいぜい2面完成が精一杯でしたね。そう、あれは昭和55年の頃。
チューハイ・ブーム「イッキ」のかけ声とともに盛り上がったのが「チューハイ」ブーム。居酒屋にいくと、どこかでかけ声が聞こえたものです。あのイケイケどんどんの感じ、やっぱりバブルの時代を象徴してますね。養老の瀧、ペンギンズ・バー、村さ来、天狗・・・激安の100円サワーもブームを後押ししてました。あの頃は昭和59年。
フリオ・イグレシアス昭和58年。「ビートルズ以上のスーパー・スターがやってくる」、というふれこみで来日。熟年女性を中心に、大ブームとなりました。当時のディナーショーは8万円。うーん、バブリーな時代です。今では、日本のブームこそ消えてしまいましたが、世界で最も成功したラテン・シンガーの一人として数えられます。♪ナタリー~