IDOL=偶像… 時として疑似恋愛の対象になる…

映画 小さな恋のメロディは、何故か世界的にはパッとしなかったが、日本では、記録的な大ヒットとなる。主演のマーク・レスターとトレシー・ハイドは瞬く間に、日本では、超アイドル的な人気を得て、特にマーク・レスターは、来日時に日本での映画作品 卒業旅行 が企画され相手役は、一般公募となる… 都内に住む13歳の少女 石橋美枝子は、マーク・レスターに会える…それだけで、公募に参加する。

少女歌手 森昌子 は、宇都宮に住む 森田昌子 という普通の少女だったが、始まったばかりの スター誕生 という番組に応募して 憧れの歌手となり センセーショナルなデビューを果たす。秋田の少女 桜田淳子 はその様子を観ていて 自分も歌手になれるかも…と 秋田の予選に参加して順当に勝ち進み、スター誕生の歴代1位の合格のプラカードを挙げられ 歌手 桜田淳子 の誕生となる。

桜田淳子は、始め ホリプロ の所属が、検討されるが、その前の 森昌子 がホリプロだったため、偏るとの判断で、サンミュージックの所属が決まる。昌子・淳子・それに続いた山口百恵は、花の中3トリオとの呼ばれ、特に淳子と百恵は、瞬く間に、トップアイドルとなる。山口百恵は、昌子に続いてホリプロの所属であった。

ホリプロとサンミュージックは、同じタレント事務所では、あるが、雲泥の差を持つ。サンミュは、デビューが決まれば、社長宅に下宿して 衣・食・住の面倒をみてもらえ、進学(高校)の面倒もみてもらえた。デビュー迄の本人達の 金銭負担は…無い。

一方、ホリプロは、デビュー曲が発売されても、その時の衣装は、自己負担であり、高校進学の費用も自己負担であった。15才…すでにデビューしていて、人気者であった山口百恵ですら、高校進学の費用は、母親が用意した。(山口百恵自署 蒼い時より) ホリプロでデビューしてすぐに引退した 能勢慶子は、引退してからも、ステージ衣装の費用を払い続けた… 一方、サンミュで(ブルーロマンス薬局「ファーマシー」)でデビューを果たした兄妹デュオ ポップコーン は残念かな売れず、3枚のシングルを出しただけだったが、妹の高校卒業まで、キチンと面倒をみてくれた(本人(兄)から直に聞いた。)

淳子の成功後 サンミュには、少し変わった習わしがあった。サンミュに電話がかかって来た時 (ハイ  こちらサンミュ…)という所をを、その年一押しの売り出し新人の名を使い(ハイ 松田聖子のサンミュージックです。)という電話対応を取るという習わしだ… 酒井法子の… 田村英里子の… 桜井幸子の… 太川陽介の… 渋谷哲平の… ハイ 岡田有希子のサンミュージックです。… そんな電話対応が聞けた…。

桜田淳子が華々しいデビューを迎えたその年… マーク・レスター の公募には落選したが、その才能を見込まれた 石橋美枝子 は淳子で同じ年に、サンミュからデビューが決まった。芸名 原田美枝子   淳子と同い年だった。(続く)