おはようございます。今日は、山口百恵SANについての思い出。淳子ちゃん、百恵ちゃんの時代…私は四国 愛媛の学生でした。そして淳子ちゃんの大ファンです。でした…ではなく今も淳子ちゃんの大ファンです。ても愛媛の片隅の学生…淳子ちゃんのコンサートに1回、そして百恵ちゃんのコンサートに1回,行った事しか有りません。テレビの向こう側でキラキラした世界に憧れを感じていました。百恵ちゃんの歌の中のワンフレーズに、歌手である前に人間で有りたいという一節が今も心に残って手います。テレビの向こう側でキラキラした世界を魅せてくれるタレントさん達も、一人の人間として見ていました。幼い頃から、何処か大人びた冷めた目をした…私はそんな子供でした。百恵ちゃんのコンサートに行ったのは、彼女の結婚、引退の決まっていた さよならコンサートの一環…何故、愛媛の片田舎で行われるのか?そこに大人の事情が有るのを薄っすらと感じていました。オープニングから全ての曲を知っていました。途中、秋桜を歌っていた時 客席から、小さな女の子が、客席からステージに向かい歩き始めました。よくあるフリフリの子どものドレスを着た子供ではなく、小綺麗な普段着の小さな女の子…手には、豪華な花束ではなく、一輪のコスモスの花…当然、途中で係員に止められ席に戻されました。ステージの上から、百恵ちゃんはそれを見ていました。秋桜の歌唱の後、市長からの花束贈呈の(こんなコーナー必要か?)式典…市長の下らないコメントの後…ステージから市長の一団が引けた後 正面を向き直した後、ステージ後半の百恵ちゃんの第1声…(続く)