
(田中さん、とても大切にされていました。)
5月8日。
朝7時半に、田中さんにお電話しました。
出はれへん。
えっ?!と、急転直下の展開に、
躊躇いどころか、驚きとなって、冷や汗が
吹き出しました。
まさか?!と、ラインを田中さんに送りました。
と、言いながらも、朝の準備もせなあかんので、
準備しながら、10分ほど経過して、
田中さんのラインを開けましたら、
「既読」になってましたんで、
あー、良かったと、一応の安堵はしましたが、
その時に、既に、お亡くなりやったとは、
思ってもみませんでした。
セミナー始まりましたが、そんな心境で、
内容なんか、頭に入るわけでなく、
なんでこちらに来てしもたんやと、
人生史上最大の後悔に、苛まれながらも、
講師さんから、
当てられたらあかんと言う思いから、
その場しのぎの受講をしていました。
1時間半に1回、休憩がありまして、
その度に、お電話をしてラインを送って、
田中さんに連絡しましても、もう2度と、
お電話に出はることもなく、
既読にもなりませんでした。
セミナー終わって、会場を出て、
これで最後と、電話をしてみても、もう
お電話に田中さんは出られませんでした。
私は、U君に電話をしまして、
「今、近所にいるかな?
申し訳ない、田中さんの様子見てきてほしいねん!」と、言うや否か、
予めお話ししていたこともあって、
彼は、非常事態と察して、
「直ぐに向かいます!」
と向かってくれました。
追って、消防署長の友達に電話をしたら、
彼も、
「それは、もうあかんかもな。すぐに管轄に電話して、出動してもらうし、警察にも連絡するわ!」
となりまして、
私不在の中で、
どんどんと急展開になっていきました。
そして、U君から電話がありました。
でも、彼の声を聞いた瞬間で、
こちらも全てを察しました。
「もう、亡くなっておられると思います」
現着されて消防士さんからも、
続けて矢のごとくご連絡がありまして、
「残念ながら、もう死後硬直も始まってまして、
我々も。警察に引き継がせていただきます。」
ほんまやったら、ここでウワーとなるのですが、
私の場合、どこか覚めてるのか、鈍いのか、
悲しみよりも、何とかこの事態を、
乗りきらなあかんと、
次々に、対応策を考えてしまうのです。
どこに電話して、収めていくのかと思案しながら、
携帯を見開いたところ、
何と、ラインが全て消えてるではおまへんか。
うっそやろ!と、思いながら、
思い付く方々に電話していきました。
ラインが、完全にこのタイミングで、
消失したことも、この度の不思議の1つでした。
つづきます。