その後、
すんなり精神科での検査を受けた
アスペ夫さん真顔



検査結果はまあ、気の毒でしたガーン


良くコレで今まで生きて来れたな滝汗



精神科のアイ先生はワタシに、
アスペ夫さんを沢山
褒めてあげて下さいピンクハート
と言われました。



それからのワタシは、
時々ブチ切れながらも、
アスペ夫さんを褒めて褒めて、
我が子の様に育て始めました。


視覚優位のアスペ夫さんの為に、
食器棚やキッチンの
引き出しの中に至るまで、
使いやすく整理して、
どこに何を置くのか、
シールを貼りまくりました。


アスペ夫さんの出来ない事を
ワタシが怒らない為に、
トイレも洗面所もキッチンも、
ワタシの声かけの代わりになる
張り紙をしました。


発達障害の本も読み漁り、
アスペ夫さんへの理解を深めました。


毎晩の様に、
その日の仕事について話を聞き、
問題点と改善の為の工夫を
具体的に伝えました。


そのおかげで、
会社や家庭での困り感は
かなり改善されていきましたデレデレ



でも、忘れちゃいけない!?


こうしている間も、
ムスメに何かが
起こっているのです炎


アスペ夫さんの検査前から、
ムスメは
アップダウンを繰り返しながらも、
毎日登校を続け、
中2の春を迎えていました照れ


5月から通い始めた
2軒目の病院での治療、
どれも効果ナシタラー



ちょうど同じ頃、
ワタシがヘルニアの治療の為に
通っていた、
カイロプラクティックのケイ先生に、
ムスメも診てもらう様になりました。



そして病院で、
9月から始まった新たな治療。


処方されたクスリの副作用に
激しく苦しみましたショボーン


それまで何とか登校できていた
日々が一転し、どんどん
登校困難になっていきましたショボーン


クスリを辞めた後も、
服用前の体調に戻る事は、
もうありませんでしたショボーン


そして、この年の終わりに医師は、
間違った治療で悪化してしまった
ムスメの治療を放棄・・・ガーンガーン


これ以上の治療は出来ないと言われ、
精神科への転院を勧められましたキョロキョロ


更に大きな病院を紹介する考えや、
原因を追究する気持ちが
ナゼ無かったのかと、
今更ながら思いますショボーン



精神科なら・・・


これがきっかけで、
アスペ夫さんの主治医が、
ムスメの主治医にもなったのです。



2013年は、

体調が悪化していく
ムスメへの対応、

アスペ夫さんの支援、

ワタシの4月からの
職場異動による
過酷な労働、
毎日勤務では無かったんですが、
頚椎椎間板ヘルニアと
子宮内膜症を患うワタシには
とにかく過酷でした・・・びっくり

これらが同時進行する
サバイバル生活に突入!

更なる激ヤセで、夏には
骨皮筋子ちゃんにゲッソリ
ホネカワスジコ


新しい職場に
限界を感じたワタシは、
安住の地を求め、
この年の9月、
現在の職場に
お引っ越ししました。

ムスメがこの後、更に悪化するとは
つゆ知らず、フルタイムを決断!

だけど、ムスメが悪化〜ガーン

年度末まで頑張りましたチュー



そしてムスメの発症が、
アスペ夫さんの弱さを、
この先、
より顕著なものに
するのでした真顔

何故かって?

そりゃあもちろん、
変化に適応出来ないし、
今まで以上に
臨機応変さが求められる
家庭環境に
なったからです滝汗