「おばあちゃんがもうアカンかも知れへん」
「息してない」と
母からの一報が入りました
祖母は先日大腿骨を骨折し
手術を終えたばかりの96歳です
その骨折手術の入院中に肺に水が溜まり
何とか回復して自宅療養中でした
私は喪服の準備もして
急いで実家へ帰りました
救急搬送された祖母の姿は
とても苦しそうな表情で
酸素マスクをして
色んな装置の線が巻き付いた状態でした
私は初孫だったのもあり
祖母からとても可愛がられました
多感な時期には側で優しく見守ってくれて
私にとっての祖母は
もう1人の母親の様な存在でした
96歳なので覚悟はしていましたが
それでもこう言う知らせは
突然やってくるものです
とうとうこの時が来たかと
もうサヨナラだと思い
1人だけ付き添えると言われ
私が一晩、祖母に付き添うことにしました
その夜は祖母にとって
苦しさとの闘いでした
私にとっても
息苦しさで苦しむ祖母を見るのは
本当に辛いものでした
そして祖母はその苦痛に耐えて
復活を遂げました
救急搬送された時には酸素10吸っていたのが
今は0.5です
話もできるようになりました
そう思ったのも束の間
数日前から祖母の容態がまた
辛いものに変わってきました
お別れするのはとても辛いですが
本当に辛いですが
息苦しさで「助けて」と叫ぶ祖母を見ると
早く楽にさせてやりたい
そう思ってしまいます
そんな状況で自宅と実家を
行き来することが増えました
実家から自宅に帰ると
精神障害を抱えた義母がいます
発狂する長男がいます
知らず知らずのうちに
ストレスが溜まっているようで
瞼の痙攣
首周りの湿疹
不整脈が出てきました
あぁ…またか
キツイな
しんどいな、と
自分が一番大変なんじゃないかと
思ってしまいます
そんな訳ないんですけどね
あるサイトで見た言葉があります
無いものばかり見つけないで
あるものを見れるように
本当にそうだと思いました
分かっているけど
すぐ忘れて、自分が一番大変なんだと
勘違いしてしまう
まだまだ未熟です
あんなに苦しむ祖母を見ていること
発狂する長男を見ていること
あらゆることが稚拙な義母を見ていること
私の人生で何を学ばなければならないのか
まだまだ分かりませんが
前を向いてやっていこうと思います