象 the LIVE

象 the LIVE

シンガーソングライター「象 ~zo~」、ライブ開催決定!

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ねじれまくりだ昔から
人間社会はねじねじねじ
そんなに脳みそ信じるならば
共感なんて捨てちゃって
ねじねじこそが大切と
脳みそしてもいいんじゃない?
スレスレスレとすれ違い
ねじねじねじと掘ってみて
二人でびっくりすればいい
一緒にびっくりすればいい(^^)
今日はお稽古の日です。本日はお師匠様と話をすることができました。”これから勇気ということを学びなさい”とお教え頂きました。
勇気なんて久しぶりに聞きました。感動しますね。
勇気とはなにか。本気で考えたこともありません。現在の私が感じるものなど、浅いにもほどがあるでしょう。師匠の言ってる勇気には、今の私の勇気という言葉とはまったく違う、かけ離れた響きを感じます。
あの室伏さんも指導した先生でございます。私に理解できるはずもございませんね。
しかしあの匂いは忘れないでしょう。これからその匂いは私の体の中から、もしくは外界から、ジワジワと香るでしょう。
どこかでいつか、聞いたことのありそうな言葉も、その人の文脈から、何かの隙間から香る時、私のどこかに蓄積されてしまうのでしょう。
それとですね、◯◯しなさい、という言葉、こんなにいいものですかね。こんなに温かい命令がありますかね。年を重ねてくると、あまり聞けないこの言葉。匂い。
私にはどうやったってあのように言えない、”◯◯しなさい”
師匠、ありがとうございます(^^)
最近は電車と仲悪いわたしです。
混んでいるのは既に気持ち悪いですけど、座席の隣で寝ている男性にしっとりと寄り添われること、これは非常に、非常に残念です。
私の肩で小鳥のようにスヤスヤと眠っている。その吐息は安らかで可愛らしくない。私はあの優しい立派な樹木でもないし、あなたの彼氏でもないのです。

こういう時、私は全細胞の発熱振動パワーを使い、相手にシグナルを送ります。男性はふっと起きて、背筋を伸ばします。しかしその15秒後には、また小鳥のように、私の肩で寝ています。

少し鈍過ぎませんかねぇ。私はこのような失態は起こしません(多分)。一瞬起きた時点で、普通はやべってことになりますし、枕は男の肩ですからなんとしても避けたいはず。避ける為には、前日にはしっかりと睡眠をとり、睡眠のとれないほどのお仕事は事前に自粛するはずです。
しかしこれを避けないということは、私に寄り添いたいのかもしれない。心の奥底で、私の身体と繋がりたいのかもしれない。安心しているのかもしれない。

イヤホンで耳を塞ぎ、目を薄目にし、マスクで口を隠し、体を強張らせている車内では、その無意識の硬い集中の果てに、ついにある男の肩を見つけ出し、開放へと導かれるのかもしれません。鈍って重たくなった頭を肩の一点で支える。この不気味な電車の中で、無目的で、矛盾している、一点のオアシス。

彼はふっと起き上がり、電車を降りて行きました。オアシスから旅立ち、現実の中に帰って行く彼の中には、小さな官能があるのかもわかりません。ありがとなんて言わないで。私はほんとに、気持ち悪かっただけなのですから(^^)

人間は色々な匂いがしますが、何でも消臭剤で消してしまえばいいって事はありません。消臭消臭と騒がずに、もっと生々しく匂えばいいのです。私の知らない昔はそうであったはず。人にはその人固有の匂いがありまして、それはなかなか原始的な奥深さがあります。石鹸の香りなどすれば、トキメいちゃいますが、この感覚は現代風なのかもしれません。

たまに出会うのですが、ポテトのMの香りのする人がいますよね。私は三ヶ月に一度くらい出会います。皆さんはどれくらいですか?特に電車に乗ると、隣の席から、あ、ポテトのMだ!という確かではっきりとした感覚を掴めます。油のクオリティまで分かります。それは洋食屋さんのそれではなく、ファストフードの浅い香り。人はそれぞれの生活範囲や歴史から、色々な香りを放ちます。

香りは視覚や聴覚よりもズドンと体に入り込み、頭で解釈する前に圧倒的なスピードで浸透します。繊細でナイーブな人は香りにけっこう敏感です。ということは私はナイーブではないな。だっていつも全然香りを気にしないじゃない。トイレでも、デパートの1階でも、ポテトのMでも、それなりに順応できてしまう。

私の香りはマリンブルーです。
ポテトのMとマリンブルー、
どちらもコク深い香りです(^^)

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自分が聴いてる自分の声が
未知でなくなったら
そのイメージが痩せてしまえば
生活の創造性はなくなる
声は言葉と身体と
私という存在の音の全てだ
自分の声に驚くこと
いつのまにかできなくなったこと
子供の生は
まず、自身の声に驚くこと

うっすらと地面を垂れ流れる炎
その頭上から差し込む鮮烈な光
それから
僕の冷えきった 革靴の底

熱くも寒くもなれない、
その生ぬるい霧のなかで、
飛び交う尖った音の断片が
耳に突き刺さる

離れながら近づいて
混ざってやるかと温もりを探し
歩くことと歩かないことの
真ん中を行く

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血潮が流れ

内臓は安らいで

その重さを受け入れるとき

僕の体の中に

春先の生ぬるい

ゆっくりとした風が吹き

ジンワリ 僕の体を温めなおす

小さな痛みの予感と

静謐な体温が

僕の中の空虚を変える


春ウラウラ、梅雨ポトポト
季節は巡り巡って、
生まれ変わりの香りがします。
春はどうしても私、世界が新しく生まれ変わるのを横目に、毎年しんどい季節です。一般的な春のイマージュとは違います。これは頭と体のギャップですね、人間らしく、生き物らしくない。弱ったものです。ゴワゴワとした熱が体の奥から生まれてきて、なんだかその熱にやられてしまうのです。これは何とかして来年は解決しましょう。

こんな時はもう、色々止めてしまうというのがいいでしょう。体は動かすが、頭と心は止めてしまう。早々に仕事のリタイアを決め(あと10年とします)、妄想を止め、未来の可能性を打ち切り、ひたすら止めてしまう。そーするとですね、感覚がフワッとして力が抜け、体の熱に対応できるでしょ。自然と受け入れられるでしょ。まーそう簡単にはいきませんが、あとは自然の熱に任せましょ。それが本来の生き物としての未来を勝手に描いてくれるでしょ。それだけ私の体は現代的に、言語的に、侵されてしまっているのですからね(^^)


本ブログの更新が少ない!そんな五月です。五月は例年通り、季節の変わり目として立派に過ごしておりますが、私ほど変わり目な人はいません。実際に皮膚が剥け出すのですよ、私ったら。気持ち悪いですね。あんたは植物かいっと思いますが、なんだか得体のしれない毒素と、熱とが外部に出ようとしております。そりゃ更新も少なくなります。だって私自身が更新中なのですから!ふふふ。

更新男はいろんなことが更新されます。まず、集中力が散漫になる。これは体の中で蠢いている様々なエナジーが自分で制御できていない状況です。今まで好きだったものが急に興味が薄れる、などという不思議現象がございます。

そうね、これは気にしないこと。バージョンアップ中は余計なことはしないこと。下手に動くと変なバージョン男になってしまいます。変なバージョン男になれば、周りはドン引きです。

さぁ寝よう。更新や。剥けて剥けて、早く生まれ変わりましょう(^^)


LIVE映像をみました。LIVEはほんとに素敵です。私はLIVEをみると異様に胸が熱くなります。これはなんなのか。もうそこにいられないくらい、涙がでて参ります。

人間は祈りの歌へと上昇したかと思えば、自らの身体を傷つける活動へと下降する。子供は対象と瞬間的に同一化したかと思えば、それを見事に破壊する。それは我々が物質、存在であることの苦悩でありましょうか。創っては壊し、動きまわって変化する、それは生命でありましょうか。

そこにとてつもない異常なほどの矛盾を感じます。私が日常、目の前に見て過ごし、暮らしている景色と、信じられない多人数の人が同じ方向を見て、体を揺らし、腕を空高く振り上げ、声をだしている景色は、徹底的にとてつもなく、矛盾しています。しかしこの矛盾に張り裂けそうに、涙が出てくるのです。なんなんでしょう。音楽は心を一つにする、それだけでは語れない何かがある。生きることは引き裂かれること。引き裂かれることの中に本当の光がある。日常の対極にあるソレは、いったい何なんでしょう。謎は深まるばかりです(^^)