「刺さるか?握るか?それとも・・・?」

広告代理店のコピーライター佐々木圭一さんのベストセラー『伝え方が9割』をパラパラめくっていて(分かりやすい本なのでライトに読めます)、目にとまったセンテンスがありました。それは

「君の企画書が刺さるんだよ。お願いできない?」

残業を頼む場面で、相手の承認欲求をくすぐる方が快く受け容れてもらいやすいという内容ですが、私が興味を持ったのは「刺さる」という表現。最近サンマーク出版さんの本気ゼミなるものに参加しているとブログでご報告しましたが、そこで講師の編集者の皆さんがよく使われていた問いかけが、「それで読者に刺さるのか?」だったのですね。本当に繰り返し出てきました。

出版・広告業界の文化が、「刺さる」という表現に濃縮されているのでしょう。これ弓矢のメタファーですよね。遠くにいる(目の前にいない)お客様の心を揺り動かす言葉・メッセージなのかと常に問いかけているということ。刺されば、購買行動につながるわけです。

私が所属する業界でもこのような文化表現があります。それは「握りはすませたのか?」。お寿司を握るわけじゃ無いですよ^^;お客様のキーパーソン(偉い人)と内々に合意事項をまとめたのか?という意味合いです。談合文化というとイメージ悪いので、合意形成の文化と言い換えましょう^^ 握った内容に基づいて、商談がまとまり、購買行動が発生します。

「刺さる」と「握る」の違いがいくつかあります。

(1)目の前にお客様がいるのか?

握るは、目の前にお客様がいて直接交渉するのが前提です。刺さるは繰り返しになりますが、お客様(読者)は遠くにいて、直接の反応が分かりません。売れ行きや反響によって、はじめて結果(=反応)が分かります。握るは、交渉中は当然反応がわかりますので、丁寧に認識をすり合わせる事が可能になります。

(2)未来か過去か?

「刺さるのか?」は未来予測です。実際の所、矢を放ってみないと、本当に刺さるのかどうかは分かりません。したがってここでの問いかけは、「刺さりそうか?」というのが正確です。やってみないと分からない事は、世の中に沢山あります。だから、さぁやろうぜ!というのは「逃げ」です。単に批判から逃げているだけ、考えが甘いだけの可能性が大いにあります。やってみなきゃ分からない状況では、皆つい安易な方向に流されるのが人情ですからね。

「人事を尽くして天命を待つ」ということわざがあります。「刺さるのか?」という言葉は、私には「徹底して考えたのか?」「人事を尽くしたのか?」という問いかけにも聞こえました。未来は誰にも分かりません。だからこそ、その分からない何かに懸けて一生懸命に準備した人と、準備しなかった人との差が、残酷なまでにはっきりと出ます。

脱線しましたね^^

「握ったのか?」は過去系の問いかけです。回答は、「はい、○○さんと握りました。内容はこれこれです。」「交渉しましたが、握れませんでした。理由は・・・」「まだ話していません」というところでしょうか。やってみなきゃ分からない世界ではありません。実行したのか?その結果はどうだったのかが問われている世界です。「結果」が求められているわけですね。

刺さるのか?は「結果」では無くて、むしろ結果のもととなる「原因」を問われ・求められています。

もう1個違いがありました。

(3)お客様「に」刺さるのか?お客様「と」握るのか?

「お客様”に”刺さるのか?」と、「お客様”と”握ったのか?」。「に」と「と」の違いがあるわけですね。前者の「お客様に~」は、お客様は目的語objectです。後者の「お客様と~」は、with youとかbetween you and meです。

目的語objectという事は、非常に固い表現ですが、主体と客体の関係にあるという事です。見る私と、見られるあなた。論理的であり、科学的であり、戦略的な世界観です。

一方、with youやbetween you and meの世界は、私とあなたの区別があいまいで、一緒にいる、共に存在するということ。私もあなたも一体なのです。もっとも「握る」はそこまで優しい世界の言葉では無くて、要は同じ船に乗ろうということ。呉越同舟の可能性も大きいのですが、お互いの共存共栄、共通利益のために「握る」わけです。「越後屋、そちも悪じゃの~」にも通ずる村社会的世界観ですが(笑)、別に悪い事をしようとしているのでは無くて、握ったもの勝ちなのです。

不特定多数を相手にしているからこそ、統計分析に基づいて判断する科学的思考が必要であり、特定の意思決定者を相手にしているからこそ、強固な人間関係に基づいて判断する村社会的な思考が必要なのです。

違いばかり書きましたが、共通点もあります。それは購買行動につながる手段であると共に、競争相手に勝つ手段だということです。

ちょっとした言葉づかいの違いで、その業種・職種の価値観の差は、はっきり出てきます。適者生存と言いますが、適者への成り方に違いがあるということですね^^