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連日取り上げられるいじめの問題に、今日は「あくまで現実的に」向き合う。

テレビなどでは、「必ず助けてくれるひとがいる。周りの大人に相談しなさい」というコメントが絶対だ.

だが現実は違う。周りの大人も信用できないからここまで事態は悪化している。

結論からいえば、誰かに助けてもらえる可能性というものはほとんど無いと思ったほうがいい。親に切々と訴えても、おそらく大半の家庭では、明日も学校(や職場)に行かされるのがおちだ。

先生に相談しても、いじめがなくなるとは限らない。むしろひどくなったというオチまでつくかもしれない。

ただ、世の中にはそういった問題に真剣に取り組んでいる大人も確かに存在するので、彼らにアクセスしてみるのはひとつの手だ。

結局のところ、自分で戦うのがいちばん確実だ。誰かの助けを待っていたら、たぶん死ぬしかなくなる。

自殺を考えてみても、ここはポイントなんだが、周りの人は実行に移すまで気づかない。よほど注意深くみても、自殺のサインを見抜ける人間は、「自殺を考えるようなひとの家にはいない」。

仮に自殺を図って、助かっても、目がさめた瞬間に「恥さらし」呼ばわりされることだってありうる。自殺未遂で絆を取り戻した話が語られるのは、それが「よくある話」ではないからである。

いじめられるのはつらい。しかも多くの場合、味方はいない。その上、死んでみたところでいつまでも「気づいてあげられなかったこと」を後悔し、いじめたことを「一生の十字架」として背負ってくれるわけではない。普通に生きていくだろう。

死に損だ。


自分で動くんだ。助けを呼ぶなら助けてくれそうなところへ連絡しろ!児童相談所でも、悩み相談の電話でもいい。何らかの方法を示してくれるだろう。

だけど逃げ道は自分で見つけるんだ。強くなれ。

死んだら、もう二度と「今の自分」で生まれてくることはできない。無駄にするな。自分で生きろ。

初めまして!わたしは暁画(あきが)と申します!少しでも、今、わたしたちが生きている世界で感じたこと、そしてその中で伝えたいことを発信していけたらいいなぁ…と思い、このページを作りました。

このページをごらんになったみなさんが、自分の心でなにかを感じ取っていただけたらうれしいです。ありがとうございます。


今日は、このページの題名「SHOUTER」の由来についてお伝えします!

これは、「叫んでいるひと」という意味の造語です。

たった今、苦しんで、叫んでいる世界中のひとの声をキャッチしたい!という思いでつけました。

わたしは常々思っているのですが、なぜおんなじ人間なのに、生まれた境遇、育った環境、肌の色や生き方で、差別されたり、不幸であったりしなくてはならないのでしょうか??

人間みな平等というのは、それこそ建前で、世間にはいじわるが横行している。。

いくらテレビで論じてみても、コメンテーターの方だって自ら論じたことを実際に実行に移しているのか。

情報を受け取った数多くの視聴者も、「いい番組だった」で終わっていないか。

いつまでこの地球で起こっているさまざまな危機を、他人事のように流すつもりなのか。


そうやって見過ごしてきた事態が、いざ自分のもとへ訪れたとき、堂々と被害者づらをして涙を流すつもりなのか。


助け合えばいい。助け合ったほうがいい。

困っている人、悲しみに暮れる人、…助けてもらえなくてもうすぐ死んでしまいそうな人…、

わたしたちが踏みしめる、地面の先に、同じ土の上に、叫び声をあげているひとが居る。

同じ人間として、ほっとけない。

すべての「SHOUTER」を救いたい。

本日はここまで。埼玉からお送りしました。読んでくださった方、ありがとうございます。今日もいい一日をo(^▽^)o