前回からの続き(1月31日のこと)です
先の記事(采女町跡)の解説があった場所は、現在神社が建ってました
櫻宮神社

住所・京都市上京区西神明町337-1
駐車場・なし
駒札

桜宮神社縁起(由来起)
祭神
本社 天照皇大神 春日大神 稲荷大神 御嶽大神 金刀比羅宮 八幡大神 愛宕大神
摂社 宗像三姫大神(大弁財天)
今は去る醍醐天皇の御代 (1094年前) 延喜十10年5月6日北野右近の馬場桜の大樹に紫雲異香薫り、日輪降臨あり、霊宮を造りて天照皇大神を祝祭し、桜宮日降の神明と号せしを始めとす。
その後洛陽朱雀の北、近衛の小路(現在地)に遷座され、当初は桜宮日降神明と称され、又桜葉明神、桜宮とも称せられし宮なり。
御白河天皇の御代(846年前)桜町中納言成範熱心に参詣し、 悟りを得て歌を一首献上す。
其の後足利将軍尊氏の長男、義詮 (654年前) 嗣子の無きを憂いて当社に祈り男子を授る。鹿苑院義満公なり。義満、故に丁重に詣で、天下一統泰平を祈願せり。
御奈良院の御代(470年前) 織田信長の生れし頃、痘疹疫病流行し、当社に祈りて病患を除かれし者多けり。
元禄7年(310年前)但馬の国の住人、荒木氏の妻、十有余年の難病にて苦しみ、此の社霊感あるを聞き、真心込めて祈願せし処、たちどころに感応利益あり、本復を得て拝殿を造営せり。
元禄16年11月16日、時の関白太政大臣兼熙当社に参詣の折、 当社の縁起を記し一巻を奉納せり。今、社宝として納められるは、 その一巻なり。又神明町の町名も当社よりの命名なり。
謡曲右近に詳しく当社の由来を描かれ、山州名跡志にも「同所総門外通南北所是也」とあり、京都北野神社総門の外、南北に通ぜし通に桜葉明神社として祭られ、中普此の地に移る。
祭神は当初、天照皇大神を祀り、後世諸氏の信仰にて金刀比羅宮、 春日大神、八幡大神、稲荷大神、愛宕大神、御嶽大神を合祀し、 別社として大弁財天(宗像三姫大神)を境内に祀り、今の桜宮神社となれり。
平成17年3月
桜宮奉賛会 證書
(原文のまま)
こちらは地名にも影響を与えたようです鳥居をくぐると、右手に別社の大弁財天がありました

その奥へ進んで行きます

一番奥の右手に本殿がありました


本殿から来た方を望む

ご覧の様に小さな神社で、本殿の前は空き地になっていて社務所とかはありませんでした
Googleマップで見てると、境内に桜が咲いてる画像もあったので、名前のように桜に覆われる頃があるのかもしれません!?
この日のこと続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ