橋物語38 昔市電が走っていた琵琶湖疎水に架かる橋(徳成橋) | レレレの行ってみたらこんなとこ!

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散策で主に史跡、神社仏閣を巡ってます
各地のガイドマップに載っている史跡、山川出版社から出ている歴史散歩シリーズの画像補完計を秘かに計画しています(笑)
ドライブの一助になれば幸いです(^^)
愛書家(読書家とは違います(笑))なもんでたまに本のことも書いてます

前回からの続き(10月14日のこと)です
妙傳寺を後にして、東大路通りを上がって(北上して)行くと橋があります
徳成橋
住所・京都市左京区岡崎成徳町
架設年度・平成7(1995)年3月
上は左岸・上流側
ここは琵琶湖疎水に架かっている橋なんですひらめき
そしてここは昔、京都市電が走っていたんだそうですあんぐり

右岸・上流側

上と一緒で、平仮名で「とくせいはし」と書いてあります

左岸・下流側

右岸・下流側


上流側・全景


下流側・全景

上流側

下流側

橋の近辺には昔(先代)の親柱が遺してありました
たぶん右岸・下流側


確か?右岸・上流側

更に上流側にあったんじゃなかったかと思います
なんせ2ヶ月も前なんで詳細を忘れてしまってます😣

横を見ると、先代は大正2(1913)年5月に架けられたようです指差し

左岸の上流の橋のすぐ先には

得長寿院跡の石碑
平安末期、鳥羽上皇が営んだ千体観音堂
天承元(1131)年、5人の仏師が造仏を開始
長承元(1132)年、完成供養
平忠盛の造進
現在の三十三間堂と同規模
中央に丈六聖観音
左右に各500体の等身聖観音を安置
久安5(1149)年、早くも傾き、大木で支えられる🤣
元暦2(1185)年、地震で倒壊する
(京都大事典参照)

右岸を上がって行くと、川沿いに「疎水弁才天」という祠がありました😊

もう少しこの辺りのこと続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ